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湯沢市(おがち地方) 旅行記「小野小町」 


湯沢市の雄勝地方
 湯沢市の南部に位置するおがち地方はのどかな田園風景が広がり風光明媚な所だが、世界三大美女の一人小野小町生誕の地として有名。小野小町に関する史跡は平成の大合併前は雄勝町だった地区にあり、道の駅「おがち」を中心に半径1kmほどの所に集中して残されている。この辺りはどの方向を見ても小野小町一色の町なのである。

小野小町とは
 小野小町は平安前期9世紀頃の人物。小野一族(小野一族とは敏達天皇を祖とする一族で著名な人物としては小野妹子や小野篁、小野道風などがあげられます)の一人、出羽郡司・小野良真の娘といわれ、幼い頃から美しく13才で京に上りその美しさと優れた才能は宮中にいる数多くの女性達の中でもならぶ者が無く、時の帝の寵愛を受けました。女流歌人としても有名で歌は百人一首にも選ばれている。
 絶世の美女で他にならぶ者がない才女でありながら嫁ぐこともなく、数々の文献に名前が出ているわりには記述や辻褄が曖昧な点が多く、絵や彫刻が残されていない等不明な点も多い。
 ある郷土研究者は小町は当時征服したばかりの蝦夷地に赴任した国司が現地の女性(つまり蝦夷の女性)との間にもうけた子供ではないかと推測しており、秋田美人の祖先でもある蝦夷の血が流れている為、類い希なる美貌を持ち、また出生についても蝦夷の血が流れていることを隠す為、曖昧な点が多いのではないかと推測している。
 いずれにせよ謎の多い女性でこの点も小野小町の魅力を高めている要素のひとつとなっているのだろう。
 余談であるが安倍晴明と並んで平安の魔界伝説に登場する超人に「小野篁(おののたかむら)」がいるが、小野篁は小町の祖父にあたる人物である。小野篁は当時風葬されることが多かった時代に埋葬地を制定した人物で、夜な夜な冥界に赴き閻魔大王の補佐官として亡者を裁いたと云われている。
地図で場所を確認する
小町堂

 小町堂は国道13号線を走行していると見えてくる朱塗りの建物。見た目は豪奢だが規模は小さい。小町堂は深草少将が小野小町に送った芍薬を植えた場所とされる芍薬塚に小町の霊を祭る為に建てられたと云われ、現在の小町堂は平成7年に建てられたもの。
小町堂
道の駅 おがち

 湯沢市のおがち地方にある道の駅「おがち」。手揉ゼンマイ玉子丼が人気。この辺りは町のどの方角を見ても小野小町一色で道の駅にも記念撮影用の小町が置かれている。また審査無しで発行される「美人証明書」もお土産として人気があるそうです。
道の駅 おがち
湯沢市 二ツ森

 二ツ森は道の駅おがちのすぐ隣にある小野小町縁の史跡。昔役内川が岩を洗い流し、その後残ったのがこの二ツ森といわれ、京よりこの地に帰ってきた小町を追い求めてこの地で無くなった深草少将を埋葬した所といわれている。
湯沢市 二ツ森
小野小町

 秋田県湯沢市雄勝地方にある小野小町の看板。絵は今風に描かれている。小野小町は世界三大美女の一人にしては不明な点が多く謎が多い女性。

小野小町
管江真澄も恋した秋田美人
 江戸時代最高の旅人といわれている管江真澄。46年にも渡る旅を続けた管江真澄は小食、節酒と摂生に務めていたといわれていますが、そんな管江真澄も旅先で女性に魅せられることも多々あったようで、秋田の小野の里を訪れた際には次のような記録を残しています。
「小野の里を歩いていると藍色の服を着たたいそう清らかな娘が老人に伴われて通りかかった。小野の里は昔から美人が多いと聞くが、これほどの美人がいるかと思うほどの娘であった。つい酒を飲み過ぎて酔ってしまい、泣き言をいってしまった」
 摂生を旨とした漂泊の旅人管江真澄を酒に酔わせてしまった小野の里の娘。この小野の里こそ小野小町が生まれたとされる現在の雄勝地方なのです。また明治時代の紀行家イザベラバードも現在の横手市近郊で葬式を見学し未亡人の美しさに驚いています。さらにお色気タレントとして一世を風靡している「壇蜜」さんも横手市出身です。世に知られる秋田美人、そのルーツは現在の横手・湯沢地方にあるのかもしれませんね。
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