日本の観光地・宿>東北の観光地・宿>岩手県の観光地・宿>えさし藤原の郷 | ||||||||||||||||||||
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駐車場とお土産店 えさし藤原の郷の駐車場とお土産店。テレビ局や映画の撮影班も利用するので駐車場は広く、大型用の区画も多数用意されていた。また駐車場のすぐ脇にはお食事処を兼ねたお土産店が建てられている。 |
全景 えさし藤原の郷の光景。園内西側にある「豊田館」(奥州藤原氏が平泉に移り住むまで拠点とした館)から眺めた光景。中央に見える赤い建物が平安時代の政庁を再現したもので、えさし藤原の郷におけるメイン施設。 |
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ガイド えさし藤原の郷のガイドさん。平安時代の衣装を纏った女性が園内の要所に立ち、道行く観光客にコースと施設の特徴などを教えてくれる。初めて訪れる人でも彼女らのおかげで迷うことなく散策することができる。 |
政庁内の光景 政庁内に再現された平安時代の光景。この頃台頭してきた武士と貴族の様子が人形で表現されている。なお政庁とは今で言う「市役所」、「税務署」のような役目をもった施設。 |
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平安時代の食事 伽羅御所内にある平安時代の炊事場と食事。この食事は上流階級の食事だが、少々固めに炊かれた強飯にキノコ、猪やキジの干し肉、アワビやハマチの煮物と現代のものと比べてもかなり豪勢なメニュー。なお調味料として塩、酢、もろみ等も小皿で出されている。 |
アラハバキ 園内の一番奥まった所に祀られている「アラハバキ」。アラハバキは古代東北の蝦夷が信仰していた自然神とされているが詳しいことはわかっていない。 |
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アラハバキとは アラハバキとは東北地方を中心に信仰されていた古代神で大和朝廷が信仰する神道が浸透する以前から存在していたといわれています。古来日本では山や川、物などありとあらゆるものに神が宿っていると考えられており、アラハバキもそうした自然信仰の1柱ではないかと推測されています。 東北地方で生活していた蝦夷はこのアラハバキを主祭神として信仰していたようですが、その後大和朝廷の支配下にはいりアラハバキも神道の神々に組み入れられたと考えられています。なおこのアラハバキを祀っている神社の多くが「鉄」を御神体としていることから、当時農作業や戦において格段の効率化がはかれる貴重品であった鉄もしくは鉄の産出地をアラハバキとして崇拝していたという説もあります。 しかし実際のところ古代東北地方で信仰されていた古い神様であること以外はほとんどわかっていないのが現状です。なお古史古伝のひとつ東日流外三群誌では青森県の十三湖にアラハバキ王国が存在していたと記されています。 |
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