明日香村の見所・歩き方



明日香村 明日香村は今から1300〜1400年前の聖徳太子や小野妹子らが活躍した「飛鳥時代」に都が置かれていた所です。村内には有名な史跡が点在し、石舞台古墳やキトラ古墳など名前だけでも聞いたことがある人は多いと思います。見どころは前述の石舞台古墳やキトラ古墳等を含めた多数の古墳群ですが、棚田が広がるのどかな田園風景も重要な観光資源となっています。その光景のすばらしさは休日に遠方よりわざわざハイキングに訪れる人の多さからも推測できます。
 明日香村の散策にはレンタサイクルがお勧めで、レンタサイクルを利用すればほぼ全ての観光名所を巡ることができます。また飛鳥駅前の「飛鳥総合観光案内所」では色々と観光情報を提供してくれますので初めて明日香村を訪れる方は立ち寄ってみるとよいでしょう。
 明日香村は大化の改新や律令制度の確立などその後の日本の歴史に大きく影響する事柄の舞台となった所です。悠久の昔に思いをはせながら散策してみると胸にこみ上げるてくる想いもひとしおだと思います。なお最近は民有地や畑に許可無く立ち入るマナーの悪い人も多く、問題となっていますので観光マナーだけは守るように心がけて散策しましょう。  


公式HPhttp://asukamura.com/

駐車場
 主要な観光スポットには駐車場が整備されているが、ほとんどの所が有料(1回あたり400円〜500円)

明日香村の観光案内地図 別途「散策マップPDF」を参照


目 次

明日香村の観光地 一覧
 亀石
 猿石
 飛鳥坐神社
 飛鳥大仏・飛鳥寺 
 橘寺と二面石
 酒船石
 岡寺 
 川原寺跡
観光に要する時間
ベストシーズン




明日香村の観光・見所


明日香村観光 一覧


 本項では明日香村を代表するような有名観光スポットをピックアップしてご紹介していきます。

亀石

 亀石は巨大な花崗岩に亀の形の彫刻を施した遺構で長さ3.6メートル、幅2.1メートル、高さ1.8メートル。その形から飛鳥に多数ある石の遺構の中では一番人気となっています。造られた時期や目的は不明ですが、言い伝えによると「亀石は当麻の蛇の仕業で湖が干上がって死んでしまった亀を弔ったもので、元は北向きだったものが現在の南西へと向きを変えており、亀が当麻の方向である西を向いた時、大和国一帯(奈良盆地)が泥の海に沈む」と云われています。

亀石の光景
亀石 亀石は明日香村のシンボル、マスコット的存在ともなっている遺構です。説明では亀の姿に刻まれていると言っていましたが、自分は微笑んだ人の顔に見えてしょうがありませんでした。

飛鳥村の亀石 亀石を離れた所から見た光景。こうして離れてみてみる亀の姿に見えます。この亀石は石造物の史跡が多い明日香村でももっとも有名な石で、亀の名を冠した日本中の石の中でも知名度はダントツです。

地図で場所を確認する奈良県高市郡明日香村川原108


明日香村の観光・見所


猿石

 猿石はJR飛鳥駅のすぐ近くにある吉備姫王の墓の前にある4体の石物です。元々は江戸時代に欽明天皇陵の南側にある田んぼで発見され、のちに現在の位置に移されたもの。猿石と名前がつけられていますがそれぞれ「男」「僧(法師)」「山王権現」「女」を表していると云われています。現在吉備姫王の墓には柵が設けられており、猿石を正面からしか見ることができませんが4基のうち3基は後ろにも顔が刻まれています。なお飛鳥資料館にはレプリカが置かれています。

猿石の光景
猿石 男 吉備姫王の墓の前にある猿石。この石は僧と男を表しているとされ、猿石の前には「男」「僧」等と書かれた札が置かれています。

明日香村 猿石 こちらの猿石は山王権現を表しているとされる石。山王権現は山岳信仰の神様で日枝神社の祭神となっている格式高い神様ですが、猿石の山王権現は性器らしきものが彫られていました。

地図で場所を確認する

明日香村の観光・見所


飛鳥坐神社

 飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)は飛鳥の都の守護神として祀られたのが始まりで現在の場所には平安時代に遷座されたと云われています。由緒については分からない所も多いそうですが、国造りの神、大国主神が国土を現在の天皇の直接の先祖にあたる天孫にお譲りになる際、子である事代主神を始めとする神々を天孫の守護神として祭らせ、その際に皇室守護の神として、事代主神とその妹神とされる賀夜奈流美命(飛鳥神奈備三日女神)の神霊を奉斎されたのが起源といわれています。日本最古の歴史書「日本書紀」にも記載がみられる古社で縁結び、子宝のご利益があるとされています。

御際神
 事代主神(ことしろぬしのかみ)
 飛鳥神奈備三日女神(あすかのかんなびみひめのかみ)
 大物主神(おおものぬしのかみ)
 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)

おんだ祭り
 毎年2月の第1日曜日、午前11時頃より、地元青年団が扮する天狗・翁・牛らが厄除け神事として、ササラ(竹の先を細かく裂いた棒)を持ち、参拝者のお尻を叩きながら、境内を暴れ周ります。
 その後五穀豊穣を願った御田植神事が執り行われ天狗、翁、牛が、昔ながらの道具を使い、田植えをします。そして最後がおんだ祭り最大の見どころであり特徴でもある「夫婦和合」の儀式が天狗、お多福の間で面白おかしく演じられます。


飛鳥坐神社の光景
飛鳥坐神社 飛鳥坐神社。境内には古いながらも多数の祠が建てられており、男性性器を象ったような石も多数見られます。毎年2月に飛鳥坐神社で行われる「おんだ祭」は夫婦和合を模した祭りでその特異性から「奇祭」と呼ばれているのだそうです。

飛鳥坐神社 拝殿 飛鳥坐神社の社殿。社殿は鳥形山と呼ばれる小高い丘の上に建てられています。深い森の中にある境内には陰陽石が点在し、子授けのご利益があるとして信仰を集めています。

地図で場所を確認する奈良県高市郡明日香村飛鳥708

明日香村の観光・見所


飛鳥寺・飛鳥大仏

飛鳥寺
飛鳥寺 飛鳥寺は飛鳥時代の権力者蘇我氏の氏寺。本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、創立者は蘇我馬子と伝えられている日本最古の仏教寺院のひとつで四季の花々が咲く境内は出入り自由となっており、西門を出た先には日本に仏教を広めた蘇我氏最後の長、蘇我入鹿(飛鳥寺創建を発願した蘇我馬子の孫)の首塚といわれる五輪塔がたっているいます。
 2016年には1950年代に発掘された出土品を再調査したところガラス玉がメソポタミアで作られたものであることが判明し、奈良がシルクロードを通じた東西交易の最終地点であるという説が改めて有力となりました。
 また寺の西側に広がる遺跡は大化の改新の主役である中大兄皇子と中臣鎌足が蹴鞠の会で出会った槻樹の広場とされていますが、近年の発掘調査で東西33mにわたって柱の跡が見つかり今後の調査に期待がよせられています。

地図で場所を確認する奈良県高市郡明日香村大字飛鳥682



飛鳥大仏
飛鳥大仏 飛鳥大仏は飛鳥寺のご本尊である釈迦如来の銅像。胴体に比べ頭の部分が大きめに造られているのが特徴。仏師鞍作鳥の作とされ大仏の完成は600年代初め(606年もしくは609年)と日本最古の大仏様と云われています。ただし歴史を重ねてきたぶん数々の火災にもあい、当時からそのまま残されている部分はわずかとみられています。以前は鎌倉時代の落雷により一度焼失し造立当初の部分は存在しないとされ国宝指定なども見送られてきましたが、近年の研究では飛鳥時代のものも残存しており(現在頭と右手は造立当初のものと考えられています)、火災で焼け残った部分を使用して全体を補修し現在に至っていると推測され、傷だらけの御仏体は歴史の重みを感じる仏様となっています。

参拝料
 一般/大学生 350円、高校生/中学生  250円、小学生  200円  ※30人以上で団体割引あり

参拝時間
 9:00〜17:30(受付は17:15まで)。ただし10月1日〜3月31日は 9:00〜17:00(受付は16:45まで)

駐車場 あり 普通車50台 500円。



中臣鎌足は朝鮮の王子様?
 日本の古代史最高の英雄とされる中臣鎌足。鎌足と中大兄皇子が飛鳥寺隣の槻樹の広場で出会ったことから日本史は大化の改新をへて新たな方向へと舵を切って行きます。中臣氏の祖先は日本神話にも登場する天児屋命で後に中臣から藤原と名字を変え、一族からは藤原摂関家や西行法師奥州藤原氏といった日本史に名を連ねる一族、人々を輩出したまさに天皇家に次ぐ由緒正しき一族です。
 ところが藤原一族の祖である中臣鎌足については素性がはっきりしない点が多々あります。そして一番の謎が倭(日本)と百済(朝鮮)の連合軍が唐(中国)と新羅(朝鮮)の連合軍と衝突し大敗北を喫した白村江の戦いの前後、中臣鎌足の記録がまったくないことです。中大兄皇子(天智天皇)の腹心が主人最大のピンチの時近くにいなかったというわけです。
 これには諸説あり、一説には実は中臣鎌足は倭国に人質としてきていた百済の王子「豊璋」であり、中大兄皇子に近づき当時全方位外交を展開していた蘇我氏を討ち(乙巳の変)、中大兄皇子の腹心となった後は倭を百済一辺倒の外交路線に変更させたというのです。そして自らは百済にわたり倭の後ろ盾のもと王となりますが、唐と新羅の連合軍に敗北し(白村江の戦い)、再び倭に戻り以後日本に帰化したというわけです。
 以上のお話は推測のみで証拠は無いのですが、中臣鎌足の記録が途絶えた時期と豊璋が歴史に姿を現す時期がピタリと一致すること、また奈良県にある百済寺(百済は当時の朝鮮の国の名前のひとつ)では中臣鎌足を手厚く祀っていることなどから、長年に渡り囁かれてきたミステリーなのです。中臣鎌足の素性。それはひょっとすると日本史における最大のタブーのひとつなのかもしれません。

明日香村の観光・見所


橘寺と二面石

橘寺
橘寺 本堂 橘寺は聖徳太子生誕の地と云わる、急な坂道を登っていった先にあるお寺で、境内には二面石と呼ばれる飛鳥時代に彫られたとされる石があり少々不思議な雰囲気に包まれています。
 また本尊は聖徳太子で(他、如意輪観世音菩薩)、創建年代は600年代中期頃と推測されています。名前の由来は、天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来すると云われており、春と秋には境内にある聖倉殿が特別公開され、太子の仏教の師といわれる日羅像などが拝観できます。


二面石
二面石 二面石は橘寺境内にある石で、背中合わせに2つの顔が彫られています。この二面石は「左悪面」と呼ばれる石は寺の外を、「右善面」と呼ばれる石は太子堂(本堂)の方を向いており、これは善と悪の2つの相表し人の心の持ち方を表したものとされています。
 石造物文化が特徴の飛鳥の里を代表する石造物です。

橘寺周囲の光景
明日香村の橘寺 橘寺及び周辺の光景。棚田が広がるのどかな田園風景となっており、裏手の山には散策路も設けられていました。橘寺は過去の火災で建物のほとんどが消失しており現在みられるのは江戸時代に再建されたものとなっています。

拝観料 350円

拝観時間 9:00〜17:00

駐車場 無料有り。約10台

アクセス 近鉄飛鳥駅より レンタサイクルで20分

地図で場所を確認する→高市郡明日香村大字橘532  

明日香村の観光・見所


酒船石

 酒船石(さかふねいし)は正式名称を「酒船石遺跡」といい、岩の上面に皿状のくぼみとそれらを結ぶいくつもの溝が彫られており、これらが酒を造る道具ではないかと推測されたことから「酒船石」の名前が付けられています。なお実際どのような目的で彫られた石なのかはっきりとしたことは分かっていません。ただ周辺には和式トイレのような形をした導水施設もみつかっており(酒船石を見学する際に一緒に見ることができます)、現在までのところ庭園に設置された排水もしくは導水施設という説が有力となっています。

観覧料:300円
 
酒船石の光景
明日香村の酒船石 酒船石の光景。明日香村のほぼ中心部にあり周囲は整備された竹林となっています。石は花崗岩で長さは5m、幅2.3m、厚さ1m。巨石文化が根付く飛鳥の地にあって象徴的な構造物の一つです。

間近で見た酒船石 現在までのところ水を引く設備だったいう説が有力視されている酒船石ですが、その昔は岩の溝を利用して酒を搾っていたとか、薬草などを擦って薬を造っていたなどと推測されていたそうです。

地図で場所を確認する

明日香村の観光・見所


岡寺(龍蓋寺)

 岡寺(龍蓋寺)は1300年ほど前に草壁皇子の宮殿を義淵僧正が寺に改めたのが始まりと云われ、本尊は如意輪観音坐像。また龍蓋寺の名前の由来は以下の通り「義淵僧正は当時飛鳥の地で悪さをしていた龍を法力をもって池に封じ込め石の蓋をしました。その後龍は改心し善龍となり今も池に眠っているそうです。この池が岡寺境内にある『龍蓋池』で龍蓋寺の名前の始まりとなったそうです。また龍の厄難を取り除いたことから以来厄除けの寺としての信仰を集めることとなったのです」。
 現在の岡寺は境内はツツジやシャクナゲの名所としても知られています。
 
拝観時間
 8:00〜17:00、8:00〜16:30(12月〜2月末)

拝観料
 一般(大学生以上) 400円、高校生 300円、中学生 200円  ※50名以上で団体割引有り。


岡寺の光景
岡寺(龍蓋寺) 明日香村の岡寺。その名の通り明日香村東側の丘の上に建っています。実際に訪ねてみて初めて知ったのですが、厄除けに関しては日本最古のお寺ということだでした。境内には龍を封じ込めたと云われる「龍蓋池」があります。



岡寺 本堂 岡寺の本堂。高さ約5mの厄よけ観音を本尊とし、厄除けの信仰を集める寺。訪れた参拝客の中には「今年厄年だからお参りにきた」という人もいました。

地図で場所を確認する奈良県高市郡明日香村岡806


明日香村の観光・見所


川原寺跡

 川原寺はかつては飛鳥寺(法興寺)薬師寺、大官大寺(大安寺)と並び、飛鳥の四大寺の一に数えられた大寺院でしたが、時の流れと共に衰退し度重なる火災にもみまわれ現在は寺院跡の遺構と川原寺より法灯を引き継いだ弘福寺が存在するのみとなっています。創建された年ははっきりとは分かってませんが、600年代中期頃と推測されており、発掘調査が進むと共に復元整備も進み現在は川原寺跡として一般公開されています。

弘福寺(川原寺)
 拝観時間 9:00〜17:00
 拝観料 300円 ※50名以上で団体割引有り
 駐車場 有り(無料)
 地図で場所を確認する奈良県高市郡明日香村大字川原1109


川原寺跡の光景
川原寺跡 川原寺跡の光景。岡寺の向かいにあるのですが、あくまでも遺構なので注意しないと通り過ぎてしまうことも。 飛鳥の時代には大きな伽藍や五重塔が建てられていたと云われており、正面に見える建物は弘福寺(ぐふくじ)と呼ばれ昔中金堂があった位置に再建された本堂なのだそうです。

復元された遺構
川原寺跡の遺構 復元された川原寺跡の遺構。礎石は大理石で当時の伽藍の配置が分かるようになっています。悠久の飛鳥王朝をしのぶことができるスポットです。

明日香村の観光・見所


明日香村の観光に要する時間


 明日香村観光案内のパンフレット等を見ると観光スポットがたくさんあり、1日ではとてもまわりきれないと感じてしまうこともありますが、観光スポットは狭い地域に集中して点在している為、実際巡ってみると丸1日あればほぼ全ての観光スポットをまわることができます。要領よく観光するコツはレンタサイクルを利用すること。
 なお車の場合は車では行けない観光名所もあるうえ、整備されている駐車場も全て有料(1箇所あたり500円前後)の為、色々史跡を巡っているとそのたびに駐車料金がかかり気がつくと結構な金額になっていることがあります。あくまでも筆者の個人的な感想ですが駐車場に車を駐めそこからレンタサイクルで散策するのが一番ベストな方法だと思います。
 ちなみに地元の方は「明日香は歩いてまわるのが一番」と言っていましたが、全て徒歩で巡るのはかなりの重労働。村内には周遊バスの「かめバス(平日は1時間おき、土日祭日は30分おきに運行)」が運行しているのでバスを併用して散策すればぼ全てのスポットを巡ることができます。
 なお明日香村のレンタサイクルについては別途「明日香村のレンタサイクル・サイクリング」を参照。


明日香村お勧めの時期 ベストシーズン


  明日香村で有名な四季の光景は棚田、彼岸花菜の花。棚田に苗が植えられるのは5月末、そして稲刈りが行われるのが9月末から10月末。彼岸花もちょうど稲刈りの前後に見頃を迎えます。また菜の花は 4月上旬の桜の花が満開となる時期とほぼ重なる頃に見頃を迎えます。
 以上の事をふまえると菜の花、桜が咲く4月、稲が黄金色に色づき真っ赤な彼岸花も咲く9月〜10月が明日香村の一番の観光ベストシーズンといえるのではないでしょうか。

明日香村の観光・見所


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