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首里城の歴史


 首里城の歴史はそのまま沖縄の歴史でもあります。本ページではこの首里城の歴史について紹介してみます。なおこのページにおける「日本」とは現在の日本における沖縄以外の領土をいいます。

貝塚時代
 貝塚時代とは日本における縄文時代から平安時代までに相当する期間で、人々は狩猟生活を営んでいました。農耕を行わなければならないほど食糧事情は切迫しておらず、農業やそれに伴う治水、灌漑工事なども不要だった為、権力が集中することもなく日本における大和朝廷のような勢力が発生することも無かったと考えられています。なお貝塚時代以前に相当する旧石器時代もすでに人類は生活しており、2万年以上も昔の人骨が沖縄南部や石垣島などで見つかっており人類史研究において大きな影響を与えています。

グスク時代(三山時代)  首里城築城
 グスクとは城という意味。沖縄も12世紀になると人口も増え本格的な農耕が行われるようになります。すると各地に「按司」と呼ばれるリーダーが現れます。彼らはグスクを築きそこを拠点に勢力を広げて行きます。最終的には北山、中山、南山という三つの大きな勢力となった為、グスク時代の後半は「三山時代」とも呼ばれています。首里城はこのグスク時代に造営されたと考えられ三山時代には中山の城として用いられていたことが確認されています。なお中山の王は保元の乱で八丈島に島流しとなった源為朝(源頼朝、義経の叔父にあたる人物)が琉球へ逃れ、その子が初代琉球王舜天になったという説もあります。

第一尚氏王朝(琉球王朝)
 13世紀になると沖縄南部の小さな按司であった小巴志という人物が次第に力を蓄え、中山王を滅ぼし首里城を拠点とし、さらに北山王、南山王も滅ぼし1429年沖縄を統一し、「琉球王国」という統一政権を誕生させます。なお首里城は第一尚氏時代におこった王位争いの為に1453年焼失し再建されています。

第二尚氏王朝(琉球王朝)
 第一尚氏王朝は小さな按司からはじまった勢力の為、権力基盤が弱く内紛や有力按司の反乱などで衰退していきます。やがてクーデターによって滅んだ後、国王になったのが第一尚氏の部下であった「金丸」という人物です。彼は第一尚氏最後の王である尚徳の子を名乗ったので、金丸が治めた王朝を第二尚氏王朝と呼びます。首里城は前政権に引き続き首里城となります。ちなみに第一尚氏と第二尚氏との間には血縁関係はありません。
 1609年になると薩摩藩の島津氏が琉球王国に進軍し、やがて沖縄本島に上陸、首里城まで迫った為、尚寧王が和睦を申し入れて首里城は開城します。この時琉球王国は薩摩藩や江戸幕府の支配下におかれますが、独立国としての体裁は保ち続けます。また1853年にはアメリカのペリー提督が那覇の開港を求めて首里城を訪れています。
 なお余談ですがテンペストや琉球の風といったドラマもこの第二尚氏王朝時代の物語となります。
 また第二尚氏王朝時代、首里城は1660年、1709年の二度にわたって火災で焼失し再び再建されています。

沖縄時代
 欧米列強のアジア進出が続く19世紀。明治維新により近代化への舵をきった日本の明治政府は1872年琉球王朝に国王の尚泰を藩王とし琉球王国を琉球藩とする旨を伝えます。そして1879年日本は警察と軍隊を派遣し首里城を制圧、沖縄県を設置します。ここに約500年続いた琉球王国は消滅し、日本の一部、沖縄県となるのです。首里城は王城としての機能を失い学校や駐屯地として利用されますが急速に荒廃が続き取り壊しも検討されますが、昭和初期に改修工事がなされ国宝に指定されます。
 その後沖縄は太平洋戦争の激戦地となり首里城も壊滅的な被害を受けます。さらに戦後琉球大学が首里城跡に建設された為、完全に破壊されてしまいます。しかし1980年代になると琉球大学は西原町に移転され、それに伴い調査、復元が行われ首里城は現在の形となり2000年に世界遺産に登録されるのです。

 
時代区分


日本

縄文時代
弥生時代
弥生時代
古墳時代
飛鳥時代 
奈良時代
平安時代



鎌倉時代


南北朝時代


室町時代


安土桃山時代






江戸時代






明治
大正



昭和

平成


沖縄




貝塚時代






グスク時代





第一尚氏王朝









第二尚氏王朝












沖縄時代




日本に翻弄された沖縄の歴史
 基地問題や戦争中の集団自決問題など日本国民にとってデリーケートな問題を抱えている沖縄ですが、これらのニュースを聞く度に「同じ日本人なのになんでこんなに反対ばかりするの?」とある種の違和感を感じる本土の人間も数多くいます。
 なぜそのように感じるのか、それは本土の人間が沖縄の歴史をちゃんと認識していないところに問題があるのではないでしょうか?沖縄は明治維新まで日本や薩摩藩、中国等の干渉を受けながらも体面上は独立国家としての体裁は保っていました。それが勝手に日本という国に取り込まれ、太平洋戦争では一般市民を含め20万人ちかくもの犠牲者を出してしまうのです。戦後はアメリカの統治下となり基地建設の為に土地を追われた人も数多くいます。まさに近世の沖縄は日本に翻弄され続けた歴史なのです。
 西欧列強がアジアにおいて、こぞって植民地獲得競争を繰り広げていた近世の歴史を鑑みるに当時の日本政府が西欧列強に対抗する為にとった行動については非難されるべき点もあれば評価されるべき点、そして致し方がないという意見多々あります。また国際ルールを無視してジワジワ侵略行為を続ける現在の中国に対して沖縄は戦略的に重要な位置に存在しています。しかし沖縄の方々が近世の歴史や現在の問題と向き合う時、上記の他に日本によって翻弄されたという事実も加わってきます。本土の人間が沖縄の方々と諸問題を話し合うとき一番大切なもの。それはテレビドラマや映画などで知り得た華やかな沖縄の歴史ではなく、近世から現代にかけて多大な犠牲と苦痛を受けた沖縄の歴史をちゃんと理解することではないでしょうか。
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