パワースポット 出雲大社



 縁結びの効果がある神様として信仰されている出雲大社では多くのカップルが結ばれる結婚式場としても知られています。
 出雲大社の主祭神であり国の基礎を作り上げた大国主命はこの世もの全ての縁を司っていることから、男女の縁や運命だけではなく様々な幸福を結びつける「むすびの神」として信仰されているのです。この為縁結びに関しては日本随一のご利益があるとされ毎年多くの参拝客が訪れるのです。

 2014年、高円宮家の次女典子さまと、出雲大社宮司を代々務める千家(せんげ)家の長男、国麿(くにまろ)さんとの結婚の報は流石は日本一縁結びのパワースポットと日本中を駆けめぐり、婚約会見の様子は出雲神話に出てくるちょっとお人好しの大国主の命と良妻の須勢理姫命とを彷彿とさせるものでした。

 なお出雲大社のパワースポットとしての属性は「地」とされています。また属性の調べ方や考え方については別途「パワースポットの属性」のページを参照。


出雲神話(国譲り編)


出雲神話 出雲大社の主祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。七福神の大黒様と同一神で素戔嗚尊(すさのおのみこと)から数えて6代先の子孫とされています。出雲神話では素戔嗚尊(すさのおのみこと)の言葉に従い国づくりに着手し(国づくりに着手以前の物語は別途「出雲神話(国造り編)」を参照)、素戔嗚尊の娘で大国主の正妻でもある須勢理姫命や一寸法師のモデルとされ、医学や酒、呪いなどを司る少彦名命や大物主大神らの助けをかり国土の開発、医療の発展に努め豊かな国を造ります。
 そんな豊かな地上を天から見ていた最高神である天照大神はこの地上を自分の子孫に治めさせようと考え大国主に国譲りを迫ります。この国譲りの交渉は天照大神の使者が大国主側に寝返ってしまったり、天照大神から使わされた武神(タケミカヅチ)が大国主の息子と力比べをしたりと難航しますが、最後は大国主が立派な御殿(出雲大社)を建ててもらうことを条件に国譲りに応じます。その後天照大神の孫で現在の天皇家の直接の祖先でもある邇邇芸命(ににぎのみこと)が天より降り立ち国を治め大和朝廷へと続いていくのです。また国譲りを機に天照大神は「目に見えること。つまり現世」を大国主命は「目に見えないこと(つまり現世には関わらない)。」を司ることとなるのです。この時大国主が「目に見えないもの」つまり幽事を司ったことから、縁結びや運命を司る神様として信仰される素地となっていくのです。 





出雲の神在月


 日本の暦では10月を「神無月」といいます。これは旧暦の10月になると全国八百万の神々が皆出雲大社に集まり日本各地の「神様がいなくなってしまう」ことからきています。この為現在では新暦の10月を神無月といい出雲では旧暦の10月を神在月(かみありつき)と言っているのです。出雲の神在月は八百万の神々が集まるため特にパワーが増すといわれ多くの人々が参拝に訪れます。
 では何故10月に八百万の神々が出雲の地に集まるのでしょうか?どうせ集まるなら最高神である天照大神が祀られている伊勢神宮の方がよいような気もします。これは天照大神が「目に見えること」を司っているのに対して大国主命は「目に見えないこと(幽事)」を司っていることから年に一回大国主が鎮座する出雲大社に八百万の神々が集まり幽事を決める会議、神儀り(かみはかり)を行うからなのです。
 なお本項では説明上やむなく旧暦と新暦が混在していますが、旧暦は年によって異なりますが、現在の暦より5〜6週間ほど早い日付となっています(例 旧暦の10月1日は現在の(新暦の)11月12日といったかんじです)。


出雲神話は実話?


 日本神話である古事記のなかで天界を追放された素戔嗚尊が八岐大蛇を退治することから始まり、大国主が天界に国譲りをするまでを描いた場面は出雲の地が舞台となっていることから「出雲神話」とよばれています。実はこの出雲神話は一説には実話がモデルで出雲地方を治めていた豪族と後に大和朝廷へと続く新興勢力との争いを描いたものではないかといわれています。仮に実話だった場合、出雲の国には当時日本国を代表するような巨大な勢力があり、新興勢力(後の大和朝廷)の前に屈するも、その後も影響力を持ち大和朝廷の日本統一に貢献的したと考えられています。なぜなら武力で調伏した相手に出雲大社のような当時としては国家予算以上もする巨大な宮殿を建てたりするはずがないからです。また今でも出雲大社の本殿内には皇室の人間でも入れなかったり、宮司の正服の紋様が他の神社とは異なるなど数多くある神社の中でも特別な立ち位置にあります。
 なおあくまでも異説として扱われてますが出雲大社は大和朝廷によって滅ばされた素戔嗚尊や大国主命の呪いを封じ込める為の社であるという説もあります。


出雲の社殿


出雲大社の社殿 出雲大社の本殿は高さ約24mと現代でも最大級の木造建築物ですが、その昔、つまり大国主が国を譲る際の見返りとして建てられた御殿は現在のものとは比べようもないほど巨大な建物だったと言われており、平安時代には「出雲が一番大きく、次が奈良の大仏、3番目が平安京大極殿」と詠われています(現代風に訳しています)。平安時代の奈良の大仏様は高さが45mあったので当時の出雲大社はもっと大きかったと推測されるわけです。また日本神話には国譲りの際に大国主が「千木(屋根の部材)が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と言ったことが記されてるので建物も現在とは異なり、何本もの柱の上に社が建つという構造ではないかと推測されています。 なお右の写真は「古代出雲歴史博物館」に展示されていた古代出雲大社の想定復元模型です。


縁結び効果


 出雲大社から得られる縁結びの効果は男女の縁だけではなく、対人関係や会社、仕事と様々なものに及びます。たとえば事業がうまくいかない場合はうまくいくように縁を取り持ってもらったり、人間関係がうまくいかないときは仲良くなるよう縁を取り持ってもらったりと例を挙げたらきりがありません。ただし何事も大切なのは本人の前に進もうとする気持ちや心構えで、後ろ向きな人にはあまり効果がないのだそうです。