史跡 尾去沢鉱山(旧 マインランド尾去沢)


 史跡尾去沢鉱山で一般開放されている坑道跡である観光坑道は「一般コース」と「特別コース」に分かれ、江戸時代から近世に至るまでの坑道内の様子を見ることができるようになっており、近年は坑道という環境を利用して演奏会なども開催されています。なお観光坑道内は一年中を通して気温が13度前後になっており夏場に薄着のままで観光坑道内に入ると寒く感じるので注意が必要です。 



※本ページに記載されている情報については変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください。



目 次

観光坑道
 坑道入口
 尾去沢鉱山の全体模型
一般コース
 銅鉱脈 
 坑道の支保工
特別コース
 坑内事務所 
 発破用の火薬
 立坑跡
 イルミネーション
 尾去沢キャニオン
江戸時代の坑道 
 金山奉行所
 からめ場
 キリシタン
怪鳥伝説


観光坑道


 観光坑道の入り口は下の地図における下部。坑道は8の字になっており標準コース(赤色)と特別コース(青色)に分かれています。見どころはコースの最深部でちょうど8の字右上部に相当する部分(当時の作業状況が復元されている)そして出口付近の黄色いコース(江戸時代の様子が復元されている)。なお公開されている坑道内部はマインランド尾去沢時代から変わってないそうです。

尾去沢鉱山 観光案内地図



坑道入り口

史跡 尾去沢鉱山 坑道内部 観光坑道の入り口付近の光景。鉱山が営業していた頃は「石切澤通洞坑」と呼ばれていたそうです。坑道内はコンクリートで覆われ中央部にはバッテリー電車が通っていたレールがそのまま残されています。 
 よく見るとコンクリートの側壁からはゲル状の物質が染み出ており、坑道の歴史の深さをうかがい知ることができます。
 また坑道の奥からは冷たい風が吹いており、薄着で出歩くことが多い夏場、坑道に入る際には上着を用意することを忘れないようにしてください。



尾去沢鉱山の全体模型

尾去沢鉱山の坑道全景模型 尾去沢鉱山における坑道の全体模型。坑道の総延長は800kmにもなり、本州最北の青森市から東京を越え箱根周辺までの距離に匹敵するのだそうです。


駐車場


一般コース


史跡 尾去沢鉱山 観光坑道 史跡尾去沢鉱山の観光坑道 一般コースの光景。坑道は営業していた当時のまま残されており、所々で銅鉱脈も見ることができます。尾去沢は900万年前の火山活動で鉱液が噴出し断層の隙間に充填され鉱脈ができたとされています。


銅鉱脈

尾去沢鉱山 銅鉱脈 観光坑道に入ってすぐの所にある銅鉱脈。周囲の岩と同化しており注意しないと気がつかないが、案内看板の先にはキラキラ輝く鉱脈のようなものが確認できます。



坑道の支保工

 尾去沢鉱山坑道内の支保工。観光坑道から上を見上げた光景。岩の隙間につっかえ棒のように支保工を交わして、岩盤の崩落を防いでいます。殺風景な支保工の光景もライトアップされると幻想的に見えます。

尾去沢鉱山坑道内の支保工 


駐車場


特別コース


 尾去沢鉱山の観光坑道のうち特別コースは一般コースのさらに奥にあり、模型や人形等で昭和の時代の光景をリアルに復元し、採掘の手順や当時の生活、仕事の様子が手に取るように分かるようになっており、一般コースとは少々光景が異なってきます。



坑内事務所

史跡尾去沢鉱山 坑内事務所 史跡尾去沢鉱山 坑内事務所。多数の人形が置かれ当時の光景をリアルに復元しています。人形などはリアルすぎて本物の人間と間違うほど。通常洞窟内で人形などを見ると驚く時があるが、ここ尾去沢では人形の数が多く逆に華やかにさえ感じます。


発破用の火薬

尾去沢鉱山 発破用の火薬 尾去沢鉱山 発破用の火薬。袋には「日本アンホ火薬製造株」と書かれています。この会社は日本有数の鉱山地帯である秋田県大館市に実在する会社。なおアンホとは硝安油剤爆薬のことで、安全性と経済性に優れ鉱山や採石現場で現在も使用されています。


立坑跡

尾去沢鉱山 立坑跡 尾去沢鉱山の立坑跡。立坑とはその名の通り縦(垂直)に掘られた坑道の事で、通常地表面や既存の坑道から縦方向に穴を掘り、所定の位置に達すると、そこから横穴を掘り鉱石を採取していく。その後立坑は資材や鉱物を運搬するエレベーターに利用されます。 


イルミネーション

 観光坑道のイルミネーション。観光坑道内では一部でイルミネーションが施されている。暗闇の坑道内なので電飾されるととてもキレイに見えます。

尾去沢鉱山 観光坑道のイルミネーション


尾去沢キャニオン

 特別コースの最深部にある深い谷。通称「尾去沢キャニオン」。巨大なクレパスのような断層は地球生成時に生成されたもので、元来断層の隙間には火山活動により充填された鉱液が固まった鉱石が詰まっていました、それをシュリンケージ法という工法で採掘した跡。
尾去沢キャニオン
 

駐車場


江戸時代の坑道


尾去沢鉱山 金山奉行所 江戸時代の坑道は観光坑道の終点近くにあるエリアです。平安時代から江戸時代にかけて金が採掘されていた時の光景が再現されています。なお江戸時代の坑道は一般コース、特別コースどちらのコースを選んでも最後に通ることとなる坑道です。

金山奉行所

尾去沢鉱山 金山奉行所 坑道内にある「金山奉行所」。坑道を歩いていると突然姿を現します。「いくらなんでも坑道内に奉行所は無いだろう」と思ったが当時は本当に設置されていたそうです。


からめ場

尾去沢鉱山 からめ場 尾去沢鉱山のからめ場。からめ場とは金鉱石を細かく砕き水の底に沈殿した金を採掘する所。主に女性の仕事とされ金が搾取されないように役人が見張っていたそうです。観光坑道内のからめ場では水が張られた木箱に小銭を入れると金運が向上するとされ多くのお金が沈んでいました。


キリシタン

尾去沢鉱山 キリシタン 江戸時代の鉱山内は山法に基づく一種の治外法権のようなものがあり、多くの隠れキリシタン達が迫害を逃れて鉱山で働いていたと云われています。キリシタンが逃れてきた当時の名残で岩肌に十字架が掘られている所もあります。 


駐車場


尾去沢鉱山の異人・怪鳥伝説


 尾去沢周辺には異人及び怪鳥伝説がいくつか残されており、その全てが鉱山の開山に由来しています。ここではそれら伝説を簡単に紹介いたします。


その1
 和銅元年(708年)朝廷の命により村人達が鉱石さがしをしていたところ獅子のような姿をした異人に出会いました。村人達は梵天という武器をもって追いかけますが異人は魔力をもって梵天を空高く巻き上げ谷に投じてしまいました。村人達は谷におり梵天を引き抜いてみると銅鉱石があることを示す「あかつち」がついており銅鉱を見つけることができたのです。この為、尾去沢から産出する銅を梵天銅といい、銅鉱を発見したところを獅子沢と呼ぶようになったのです。


その2
 天平20年(748年)尾去沢村の清吉という者の夢枕に唐獅子のような異人が梵天を持った共人とともに現れ大森山の奥の森を指し「そこへ行って宝を掘れ」と告げました。清吉はお告げにしたがい光る石を探し当て、これを火で焼くと黄金に光り輝く物が得られました。清吉はこれが何であるか分からずにいたのですが、ある日白髪の翁が現れ「これこそ黄金という貴い物だ」と教えてくれ清吉はこの黄金を国主を通じて朝廷に献上しました。


その3
 文明13年(1481年)大森山から黄金の火を吹き、牛のような声で吠える怪鳥が現れ付近を飛び回りました。住民達は恐怖のどん底にたたき落とされ、皆で怪鳥退治の祈願を続けていたところ、大森山から怪鳥の苦しみ泣き叫ぶ声が聞こえた後、再び怪鳥が姿を現すことは無くなりました。村人達が大森山に確認しにいったところ怪鳥は朱に染まって死んでました。そして腹を割ってみると金銀銅鉛の鉱石が詰まっており、辺り一面を調べてみるとこの一帯には鉱石が充満しており、後にこの一帯は尾去沢と呼ばれるようになりました。



駐車場