白川郷



白川郷 合掌造り 白川郷は合掌造りと呼ばれる大きく印象的な茅葺き屋根が特徴の家屋が残る岐阜県にある世界遺産の郷です。長閑な田園風景のなかに合掌造りの家屋が大小合わせて100棟余りも点在する非日常的な光景は誰でも一度はテレビや雑誌などで目にしたことがあるまさに日本の原風景ともいえる光景ではないでしょうか。
 白川郷は元々は庄川流域の岐阜県大野郡白川村と岐阜県高山市清見町の一部を加えた広い地域の呼び名でしたが、現在は1995年に富山県の五箇山の合掌造り集落と共に世界遺産に登録された岐阜県白川村萩町地区を指し、ビュースポットや食事処といった観光施設もその殆どが白川村萩町に集中しています。
 白川村萩町地区は庄川の沿い約1km前後のエリアで、114棟の合掌造りが現存し630人ほどの村民が今も実際に生活していており、近年は白川郷がアニメ「ひぐらしのなく頃に」のモデルとなっていると話題になり、より知名度も高くなったそうです。

 なお白川郷の散策には個人差があるとは思いますが最低でも半日は必要で、展望台も含め全てを巡ろうとする場合は丸1日はほしいところです。


※本ページに記載されている情報については変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください。


公式HP白川郷観光協会


目 次

合掌造りとは
展望台
冬と桜
歴史
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合掌造り とは


白川郷 合掌造り 合掌造りというのは豪雪地帯に適応した急勾配の茅葺き屋根(傾斜は45~60度)が特徴の日本家屋で、屋根の形が掌をあわせて合掌しているように見えることが名前の由来と言われています。
 構造的には丸太を縄と木製のくさびで柔軟に組み上げた造りで冬に積もる雪の重さを分散するようになっており、1階部分は囲炉裏のある広間を中心とした住居区域で、2階より上の屋根裏は柱が無い広々とした生産空間となっており、使用人の生活区域も兼ねてました
 このように合掌造りは住居施設の他、養蚕などの家業も行われる典型的な家内工業の建物で1軒には20~30人くらいが住んで作業していたと伝えられています。
 合掌造りの特徴としては象徴的な急勾配の茅葺き屋根の他、屋根全体に日が当たり融雪や乾燥を促すように全ての合掌造りの建物が南北線上に建てられてており、南北には障子窓が設けられ通気や採光が調整できるようになっていること等があげられます。また囲炉裏は家のほぼ中央に配し1年中薪で火を焚くことにより建物全体を燻して防虫、防腐の効果を得るように工夫されています。
 
 現在も実生活の場として使用されている白川郷荻町地区の合掌造りの家屋は、江戸時代から明治時代初期にかけての時期に10年近い歳月をかけて建てられたものであり、現在も行われる屋根の茅替え作業は村人総出で行われています。
 このように白川郷荻町地区は地元住民の保護の下、実生活にも使用されていることから他の合掌民家集落よりも高く重要な評価を受けています。


展望台


白川郷 展望台 白川郷の里全体が見渡せる展望台は白川郷の北側にある萩町城跡にあり、公営の「萩町城跡展望台」とお食事処天守閣の敷地内にある「城山天守閣展望台」の2箇所があるのですが、旅行ガイドや他サイトなどでは一緒くたんに紹介している場合が多いので、なにも知らない方は混乱してしまうこともあるようです。

 展望台がある荻町城は室町時代に建てられた崖端城(崖の端に建てられた城)で、白川郷の本通りを歩いていると正面に見えますので場所はすぐに分かると思います
 荻町城からの眺望は地形的に白川郷の眺望を遮るものがない為、白山連峰を借景にした麓から見る光景とはまた違った趣のある白川郷の光景を見る事ができ、白川郷随一の撮影スポットとなっています。前述の両展望台は共にこの萩町城跡の一画に整備されており、城跡内には食事処やトイレなども整備されています。

 白川郷の展望台へは徒歩、車、バスで行く事ができますが、崖の上にあるので徒歩で行くとかなり疲れますし、車の場合は駐車場はあるのですが長時間の駐車は出来ないので(駐車したまま麓の白川郷を散策するのはマナー違反です)バスで行くのが一番便利で合理的だと思います。バスはシャトルバスが9時から16時までの間20分間隔で運行しており、麓から約10分ほどで展望台に到着します。


冬と桜


 日本家屋には何故か雪化粧や桜吹雪がよく似合います。それは白川郷においても例外ではありません。
 

 日本有数の豪雪地帯である白川郷。雪を纏った合掌造りの家屋も風情があり、白川郷の醍醐味は冬にありと言う方もおられるほど。白川郷に雪が積もり始めるのが12月中旬頃ですが、雪深い山間の里ですから雪が積もって道幅が狭くなり徒歩ですれ違うのも困難な区間も出てきますし、車は当然の事ながら冬タイヤやタイヤチェーンの装備が必須となります。冬の時期は寒さ対策、雪対策はしっかりと行い出かけるようにしましょう。この他展望台に通じる道は冬に通行止めと成る場合があるのでお出かけを考えている方は事前に確認して下さい。

白川郷観光協会 TEL 05769-6-1013

白川村観光振興課 TEL 05769-6-1311



ライトアップ
白川郷 冬 ライトアップ 白川郷では冬の期間中事前に決められた日にライトアップが行われます(毎年6日ほど行われ、連続した日ではない)。雪化粧した白川郷が淡い光で浮かび上がる光景は冬に風物詩となっており
 このライトアップは2019年より事前予約・抽選式で行わるようになり、誰でも気軽に見に行けることのできない貴重なイベントとなっています。
 ライトアップの点灯時間は17時30分から19時30分の間でライトアップ開催時は17時以降普通車の駐車は利用不可となるので、事前に(15時ころまで)ライトアップ時用の設けられた臨時の駐車場へ移動しなければなりません。



 白川郷で桜の開花を迎えるのは大体4月中旬頃。郷内の桜は1箇所に沢山の桜の木が植えてあったり、壮麗な桜並木があったりといったものではなく郷内に点在しているのですが、その多くが白川郷の人々に丁寧に保護され歴史を紡いできた巨木であるためか、合掌造りの家屋と自然と調和し他の桜の名所とは異なる風情があります。
 桜が満開を迎え、田んぼに水が張られる4月中旬頃も多くの人が訪れる人気の時期となっています。



白川郷の歴史


平安時代
 白川郷の始まりは定かではありませんが、白川郷がある飛騨国は7世紀に律令国となり平安時代後期の12世紀中頃に初めて地名が確認され、修験者や平家の落人などの伝承が伝えられており、源平合戦の倶利伽羅峠の戦いで木曽義仲に敗れた平氏の落ち武者が住み着いたとの言い伝えが残されています。


鎌倉時代~室町時代
 白川郷がようやく歴史に登場するのは鎌倉初期の建長5年(1253年)親鸞聖人の弟子である嘉念坊善俊が庄川沿いに浄土真宗を布教してからとされています。
 嘉念坊善俊は当初美濃国で布教活動を行いましたが他の宗派に布教を阻まれた為、白川郷のある飛騨国に移り浄土真宗を広めていきます。その後飛騨国は室町時代の終わりまで寺社団体や当時の権力者により統治されてきます


江戸時代
 江戸時代になると白川郷を含む飛騨国は高山藩として金森氏が治めていましたが1692年に天領(江戸幕府の直轄地)となりました。
 合掌造りの起源は、正確にはわかっていませんが、江戸時代の中期に原型ができたと言われています。
 白川郷周辺は交通の便が不便な陸の孤島のうえに厳しい気候のため農業にも不向きなので「養蚕」「塩硝作り(煙硝は鉄砲に用いる火薬の原料で家屋の床下及び土が生産場所及び原料となります)」という2つの産業が発達し、養蚕や塩硝作りが可能で冬の豪雪にも耐える「合掌造り」の形が出来上がっていったと推測され、合掌造りの家屋は生活空間の他に屋根裏が養蚕等を行う生産空間となっていることから次第に大型化し、現在のような形になりました。


明治時代
 明治時代中期に当たる19世紀末頃が最も合掌造り集落が多かった時期と考えられており、一帯にはおよそ1850棟が存在していたとされています。しかし明治の近代化により白川郷の主産業であった養蚕や塩硝作りも次第に廃れはじめ、特に煙硝生産が規制され安価な硝石が海外から輸入されるようになると白川郷の人々は収入を求めて出稼ぎに出るようになります。
 このように産業の衰退や人口流出にみまわれた白川郷ですが、山間部にある有数の豪雪地帯であったことから周囲との道路整備が遅れ、結果として合掌造りの住居構造は残ることになりました。


昭和
 明治以降産業の衰退や人口流出は少なからず合掌造りの家屋の維持に悪影響を与え続けてきましたが、第二次世界大戦後は戦後の高度成長を支える電源開発を目的としたダムが多数建設された事により(日本最大級のロックフィルダムである御母衣ダムは特に有名です)、白川郷の集落はいくつか水没し多くの合掌造りの家屋も失われ、また集落の過疎化に拍車をかけていきました。

 白川郷のお隣にある五箇山の合掌造り集落も白川郷とほぼ同じような状態でしたが、伝統的な家屋をこれ以上失ってはいけないという機運が高まり1958年(昭和33年)に3つの民家(村上家住宅、羽馬家住宅、岩瀬家住宅)が国の重要文化財に指定され、1970年(昭和45年)には相倉集落と菅沼集落が国の史跡となりました。このような動きをみて白川郷でも集落を守ろうとする動きが起こり、1971年(昭和46年)に「荻町集落の自然環境を守る会」が発足し、合掌造り家屋について「売らない、貸さない、壊さない」の三原則を掲げ、保存活動に取り組み始めます。
 その後1975年(昭和50年)に文化財保護法が改正され(伝統的な集落や街並み(伝統的建造物群)も保護対象になった)翌年荻町集落が重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。


平成
 日本は世界遺産条約を批准した1992年(平成4年)に、10件の文化遺産と2件の自然遺産を世界遺産の暫定リストに掲載しましたが、その中の1つに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」が含まれており、1995年に世界遺産リストへの登録が認められました。
 白川郷の世界遺産登録は伝統的家屋保護の機運の高まりや知名度の向上などプラスの面も多々ありましたが、白川郷の観光地化による弊害(いわゆる「オーバーツーリズム」)や維持に膨大な手間暇を要する合掌造り家屋の後継者不足といった諸課題も浮上してきており今後の課題となっています。



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