宮島・厳島神社




厳島神社 社殿 宮島は瀬戸内海の沖合約1km程の所に浮かぶ「安芸の宮島」とも呼ばれる世界遺産の島です。日本三景の1つにも数えられ、今では年間400万人もの観光客が訪れる広島はおろか日本を代表する観光スポットのひとつとなっています。島は神の島として樹木の伐採が禁じられてきたためその大半が原生林におおわれ、古来から人々が住むことも禁じられ神主でさえ島外から船で通っていました。中世以後は人々も島内で生活するようになりましたが不浄な行為は禁忌とされお産や葬式等も島内では禁じられ、現在でも墓地や火葬場はありません。

 また宮島の海上に鎮座する厳島神社は安芸国の一宮、全国各地に500程ある厳島神社の総本社で、593年に佐伯鞍職(さえきのくらもと)という人物により創建され平安時代の1168年に時の権力者であった平清盛が海上運行の守り神として厳島神社の社殿を現在の様式に改修したもので、古来より「神の島」として崇められている宮島に社を建てるのは恐れ多いとして潮の満ち引きするところに社が建てられたと伝えられています。この平安時代に平清盛が造営した社殿は当時の姿が現代まで伝えられ国宝や重文に指定されているものも多数あり、中心にある本殿は日本一の広さ(83坪)となっています。
 また平安時代の寝殿造りを取り入れた優雅な社殿は干潮時は砂浜に鎮座していますが、満潮の時は海に浮かぶ海上神殿のように見え、時間の経過と共に社殿の様相が変わっていきます。このように社殿は潮の満ち引きを計算して海水に沈まないギリギリの高さに作られてはいるのですが、それでも数年に一度の確立で襲来する巨大台風時には水没したり一部損壊してしまうのだそうです。

 厳島神社を中心とする一大観光名所として発展した現在は宮島桟橋から厳島神社まで続く表参道沿いに商店街が形成され観光客で常に賑わい(ただし閉店時間は早いです)、日没後は厳島神社がライトアップされ、海上からライトアップされた厳島神社を参拝できる「宮島参拝遊覧」も運行されています。


宮島の地図
宮島 地図
※宮島観光協会のHPへ移動します


※本ページに記載されている情報については変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください。

目 次

世界遺産
 世界遺産に選ばれた理由
宮島・厳島神社の時間
 観光・参拝に要する時間
弥山 
宮島・厳島神社の歴史
大鳥居
御朱印 
宮島・厳島神社周辺の宿を探す





駐車場



世界遺産


 厳島神社及び前面の瀬戸内海、そして背後の弥山原生林を含めた宮島の面積の約14%エリアは海上に立つ厳島神社の海と調和した平安時代の様式を現代に至るまで残している建築美と弥山原始林と調和した独創性が高い評価をうけ、1996年(平成8年)に同じく広島県にある原爆ドームと共に世界文化遺産に登録されました。



世界遺産に選ばれた理由

 世界文化遺産に登録されるには「顕著な普遍的価値」を有する事が必要となりますが、厳島神社及び宮島は以下のような理由から顕著な普遍的価値を有すると判断され世界文化遺産に登録されました。



1.創造的な才能の生んだ傑作
 厳島神社は平安時代に平清盛の造営によって現在見られる平安時代の寝殿造りの様式を取り入れた壮麗な社殿群となりました。また、海上に立地し背景の弥山と一体になった他に例を見ない景観なども含め、平清盛の業績を示す平安時代の代表的な資産のひとつとなっています。



2.建築や芸術、都市の構成や景観の発展において、ある時代や地域における人類の文化的交流の形跡を示している
 厳島神社の社殿群は、自然を崇拝して山や巨石などをご神体として祀り、遙拝所を配置した日本神道における一般的な社殿形式の最たるものです。周囲の環境と一環になった建造物群の景観は、その後の日本人の美意識の一基準となった作品であり、日本人の精神文化を理解する上で重要な資産となっています。



3.歴史的に有意義な時代を示す優れた建造物や建築物群、景観の例
 厳島神社は日本に現存する社殿建築の中でも造営当時の様式をよく残し、中世に建築されて以降度重なる再建にも関わらず、平安時代創建当初の建造物の面影を現在に伝える希有な例で、平安時代の神殿造りの様式を山や海と調和させた点で個性的で、古い形態の社殿群を知る上で重要な見本です。



4.世界的に著名な事件・伝統・思想・信仰・芸術作品・文化遺産と密接な関係にある
 厳島神社は、日本の風土に根ざした宗教である神道の施設ですが、江戸時代までは神道と仏教が神仏習合により混交していました。それが明治時代に「神仏分離令(それまで混交していた神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させるよう定めた布令)」が発令された事により、それまで厳島神社に安置されていた仏像は同じ宮島内にある大願寺や大製院へ安置されました。このような神道と仏教の混交・分離の歴史理解する上で重要な文化遺産となっています。



時間


厳島神社の拝観時間

1月1日:0時〜18時30分
1月2日〜1月3日:6時30分〜18時30分
1月4日〜2月末:6時30分〜17時30分
3月1日〜10月14日:6時30分〜18時
10月15日〜11月30日:6時30分〜17時30分
12月:6時30分〜17時00分

※初詣時のフェリーの運行時間についてはJR西日本フェリー及び宮島松大汽船にご確認下さい。


宝物館 8時〜17時
千畳閣 8時30分〜16時30分


厳島神社のライトアップ 日没後30分から午後23時まで

厳島神社 ライトアップ



昇殿料(拝観料)  大人300円、高校生200円、小・中学生100円 

※一度拝観料をおさめれば、あとで再入場することもできます。



宮島・厳島神社の参拝・観光に要する時間

宮島 厳島神社 時間

 宮島の主な観光スポットは厳島神社、弥山、表参道商店街と3つに分けられますが、厳島神社及び表参道商店街の観光でしたら見所がまとまっているので半日ほどで巡ることができます(厳島神社のみの観光でしたら所要時間は30分ほど)。弥山に登る場合は最低でもプラス2時間ほど時間を要します。筆者個人的には6時間以上あれば干潮・満潮と景色の異なる両方の光景を見ることができますし(干満の時間及び間隔その日によって変わります。潮見表は宮島観光協会のサイトに掲載されています)行程にゆとりもあるので丸1日かけて散策するプランをおすすめします。
 また広島も含めた観光も1日あれば回ることもできますが、やはり1泊して2日間の行程の方がゆっくりと時間がとれベストです。



注意すべき点
 厳島神社境内には順路が設けられている所もあり、その区間は一方通行で後戻りできないので順路にしたがってじっくりと参拝しましょう。
 また表参道商店街は宮島随一のグルメスポットですが、閉店する時間が早く15時頃から閉店するお店もみられ、17時になると次々と店が閉じはじめます。ですから宿を宮島に取ってあるからといってのんびりしているとお目当ての店を逃してしまう事もあるので注意して下さい。



早朝参拝
 宮島に宿をとってある場合、参拝者のすくない早朝の参拝がおすすめです。静かで凜とした雰囲気の中、朝日を受け神々しく輝く社殿はまさに神の島にふさわしい光景です。



弥山(みせん)


弥山から眺めた瀬戸内海 弥山は島の稜線が「観音様の寝姿」のようといわれた宮島のほぼ中央にそびえる標高535mの山。
 古来より厳島神社と共に信仰の対象となっており806年に弘法大師により開創されて以降、山岳信仰の聖地として崇められてきました。このため長年に渡り人の手がついていない原始の林が広がり、所々に点在する奇岩や史跡は厳島神社と共に世界遺産に登録されています。
 山頂へは登山道が整備されているほか(麓から山頂まで往復約5時間の行程)、中腹までロープウェイ(宮島ロープウェイ)も整備されており、ロープウェイ獅子岩駅から山頂までは片道30〜40分のハイキングコースとなっています。
 ハイキングコースは道中瀬戸内海の眺望や史跡、信仰の対象となっている巨石群などを見ることができますが、足場の悪い区間もあるので歩く場合はスニーカーのようにしっかりしたものを履くようにして下さい。
 なお、弥山へのハイキングは皆さんの行程にもよりますが、筆者個人的には見所が山頂付近に集まっている事や時間、体力などを考慮すると途中までロープウェイで移動するのがベストだと思います。



歴史


厳島神社 宮島 古来より信仰の地として人々の立ち入る事ができなかった宮島。その宮島に現在のような壮麗な社殿群や賑やかな門前町はどのようにできていったのでしょうか?本項では宮島・厳島神社の歴史について簡単にご説明していきます。



創建

 593年(時代的には物部戦争が勃発し聖徳太子が皇太子に任ぜられた頃)、に佐伯鞍職(さえきのくらもと)という人物により海上運行の要衝である宮島の御笠浜(みかさのはま)に社殿が創建され、海上運行・商売繁盛の神様として信仰を集めました。



弥山の開山

 806年。唐より帰国した弘法大師 空海(高野山を開いた真言宗の開祖)が厳島を訪れ弥山を開山し山岳信仰の聖地として信仰を集めるようになります。



平清盛による大改修

 1168年。平清盛の援助を受けた佐伯景弘が、回廊で結ばれた寝殿造りの社殿を造営しました。
 平清盛は大陸との貿易(日宋貿易)を重視しており厳島神社を海上運行及び平家の守護神として信仰していましたが、やがて大出世を果たした平清盛はお告げにより厳島神社を京都の文化を色濃く写す現在の姿に大改修します。また諸説ありますが大鳥居ものこの頃造営され現在の形になったと推測されています(現在の両部鳥居(りょうぶとりい)の形式は平安時代後期に考案されたもの)。
 やがて平家一門の繁栄にあやかろうと武士や貴族はもちろん皇族も参拝するようになり、大いに賑わいます。その賑わい、信仰は源氏に権力がうつってからも続き現在まで大切に保全されているのです。


平清盛
 1118年に平氏の頭領の嫡男として京都に生まれる。日宋貿易で財を築き保元の乱、平治の乱を経て武家として初めて太政大臣(現在の総理大臣に相当する役職)に就き平家の隆盛を築く。宋銭を流通させ通貨経済の基礎を築き、行き詰まった貴族政治を打破するなど後生評価される点も多々あるが、身内を優遇し旧体制をないがしろにする強引な政治手法は多くの不満を呼び込み、やがて平家に対する反乱が日本各地で勃発する。この反乱の最中熱病に罹り世を去る。
 時の天皇、上皇との確執や後の権力者となる源頼朝を中心とする源氏らと争った事もあり、歴史上はヒール(悪役)として描かれる事が多いが、日本における貨幣経済や武家政治の基礎を築き厳島神社や高野山根本大塔の改修、三十三間堂への建材協力など、現在において重要な文化財となる施設の創建、改修にも数多く関わっている日本の歴史を語る上で欠かせない重要人物の一人です。



人々の定住

 厳島は神の住む島として禁足地とされ、鎌倉時代頃までは地御前神社(本土にある外宮)において主な祭祀が行われていました。その後鎌倉時代末期から南北朝時代以降、社人・僧侶が禁を破って住むようになったといわれ戦国時代には城も築かれています(宮尾城)。なお人々の定住とは裏腹に社勢は徐々に衰退していきます。



厳島の合戦

 1555年 厳島を中心とした「厳島の合戦」が行われます。
 厳島の合戦は日本三大奇襲の一つに数えられる戦いで(他は河越夜戦、桶狭間の合戦)、厳島の宮尾城を攻略すべく上陸した陶晴賢軍2万〜3万に対し5千ほどの毛利軍が夜陰の嵐に乗して厳島に上陸し奇襲戦を仕掛け大勝利を収めました。
 この合戦で宮島を含む中国地方の覇者となった毛利元就は厳島神社を崇敬し大掛かりな社殿修復を行ない保護しました。また毛利元就を見事な勝利に導いたとして「武運」の祈願が増え、かの豊臣秀吉も武運長久の祈願に訪れました。厳島神社は厳島の合戦を機に再び興隆していきます。



江戸時代から現在

 江戸時代になり天下泰平の世が訪れると、門前町や周囲は多くの参拝者で賑わい発展していきます。この賑わいは現在まで続き、 1996年の世界遺産の登録や2016年の伊勢志摩サミット外相訪問などを経て世界的にも知られる日本を代表する観光地して認知されていきます。



大鳥居


厳島神社 大鳥居 満潮時海に浮かんだように見える厳島神社の大鳥居はまさに宮島のシンボル的な存在で、今や日本を象徴する光景の一つとなっています。

 宮島は古くから神の島として信仰されていたことから、その神聖なる神の地に社殿を建てるのは恐れ多いという理由で厳島神社は海上に建設されたといわれています。このため神域と人間が住む俗界を区画する鳥居は196mの沖合に建てられ、中世の頃は海上から舟に乗って鳥居をくぐり、厳島神社へ参拝したと伝えられています。

 この大鳥居の高さは16mあり4階建てのビルに相当し奈良の大仏様とほぼ同じです。また重さは60t、主柱の根回り10mと木造としては日本最大級の大きさを誇ります。そしてこの大鳥居を支える合計6本の柱は地中に埋まっているのではなく、厚さ24センチほどの布石の上に自重で立っている状態となっており(現在は布石の下に厚さ45cmのコンクリート基礎が施工されています)、鳥居を安定させる為に箱形の笠木と島木の中には約7tもの小石が入っています。このような自重で自立している特殊性と海上にあるという自然条件の悪さから1168年の建立以降何度か倒壊・再建され現在の大鳥居は明治8年(1875年)に再建された8代目とされています(昭和26年(1951年)に海水に浸かる部分を取り替えています)。

 なお厳島神社の大鳥居は干潮時には鳥居の足元まで行く事ができます。歩いて行く際には砂地がズボズボ泥濘んでいるのかな?と思われますが、意外とスタスタ歩けます。ただしやはり直前まで海中にあった砂の上を歩くわけですからある程度足元が濡れる事は覚悟しておいて下さい。



御朱印


 厳島神社の御朱印は社殿の拝殿前にある授与所(「朱印受付」と案内看板が掲げられています)で授与する事ができます。授与所の場所は有料エリア内ですので、御朱印を授与する際には初穂料300円の他に別途「拝観料金(300円)」を納める必要があります。この他オリジナルの御朱印帳も授与する事ができ、御朱印帳の初穂料(値段)は1000円となっています。

 受付時間は8時頃〜閉門時間まで(朝の神事が終わってから受付開始となります。また閉門時間は季節により異なります)。参拝にあたっては神社に入る前に入り口の手水舎で手水して身を清め、それから厳島神社の中にある最初の神社「客(まろうど)神社」の向かいにある「祓い所」で2礼2拍手1礼し、「祓い串」で体の祓いをしたうえで「客人神社」をお参りし、廻廊を道なりに進んで、御本殿を参拝します。以上が厳島神社における参拝の順序正式な順序といわれています。

 なお宮島では厳島神社の他にも御朱印を授与する事ができる寺社が以下のようにあり

豊国神社 

大聖院(弥山の麓、弥山の入口にあります) お寺

大聖院・弥山本堂 (宮島ロープウェイで登った先にあります) お寺

大願寺(厳島神社の脇(大鳥居から社殿方向を見て左側)にある寺院です) お寺

 また御朱印帳も宮島商店街で販売されており、各々歴史あるお店ですのでそれぞれ特徴をもった独特の御朱印帳となっています。



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 宮島には宿泊施設もいくつかあるので宮島での宿泊も検討してみてはいかがでしょうか?ライトアップされた大鳥居や宮島の夜景、早朝の荘厳な雰囲気漂う厳島神社を見ることができます。

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