上賀茂神社と下鴨神社



上賀茂神社と下鴨神社  古代の豪族賀茂一族の氏神を祀っている上賀茂下鴨両神社。この両社の違いはどこにあるのでしょうか?またどのようなご利益があるのか?またどっちから参拝すればよいのか?考えてみると色々疑問点が湧いてきます。
 このページではこの2社の違い、共通点を簡単にご紹介していきたいと思います。


創建


 上賀茂、下鴨両神社は京都最古の神社だけあって創建についてははっきりと分かっていないのが現状です。ただもともとひとつの神社であったことは確かなことのようです。
 上賀茂神社に伝わる正式な(信頼できる)記録では678年となっていますが(現在の社殿の礎が建造されています)、神社に伝わる由緒によると神世の時代に神社の後方2kmほどの所にある神山の磐座に神様が降臨されたのがはじまりとされています。
 一方で下鴨神社は200年頃の創建とされていますが、90年頃にはすでに存在していたとする記録も残されています。また下鴨神社の境内には弥生時代の集落跡が見つかっていることから下鴨神社周辺で生活していた弥生人がのちの賀茂一族で、神の降臨伝説が残る神山に落雷のような自然現象が発生しそれを見た弥生人達(賀茂一族)が神山の麓に社を建て信仰しそれが今日の上賀茂神社になったのではないかと推測する郷土研究家もいます。





祭神


 上賀茂神社 賀茂別雷大神
 下鴨神社 賀茂建角身命 玉依媛命
 
 賀茂別雷大神からみると玉依媛命は母、賀茂建角身命は祖父にあたります。なお美麗のご利益で有名な下鴨神社の末社である河合神社に祀られている玉依媛命は賀茂別雷大神の母ではなく神武天皇の母です。つまり下鴨神社には二人の異なる玉依媛が祀られているわけですが、これは玉依媛というのは固有名詞ではなく神霊(玉)を宿す(依)女性(媛)という意味で、現在の巫女に相当する事から古事記や日本書紀には玉依媛という名の女性が複数人登場しています。


ご利益


上賀茂神社

 災厄払い 恋愛成就 方除 縁結び 詳細は「上賀茂神社のご利益」のページを参照。

下鴨神社

 縁結び 安産、育児 美麗 詳細は「下鴨神社のご利益」のページを参照」。

 なおどちらも京都有数のパワースポット、また縁結びのスポットとして知られており、上賀茂神社には紫式部も通ったと伝えられる片岡社(かたおかのやしろ)が、下鴨神社には連理の賢木(れんりのさかき)と呼ばれるご神木のある相生社があります。


参拝順序

 
 賀茂神社と同じように2社ある伊勢神宮などでは参拝順序が決められていますが(絶対ではなくあくまでも「古来からのならわし」として推奨されています)、賀茂神社ではどうなのでしょうか?葵祭で平安装束の行列が京都御所から下鴨神社、上賀茂神社と進むことから下鴨神社が先で上賀茂神社が後に参拝すればよいという人がいれば、その逆を主張する方もおりますが基本的にはどちらが先と決まっているわけではなく、伊勢神宮のように片方の社だけを参拝するのは駄目としているわけでもありません。ようは賀茂神社はどちらから参拝してもよいし、どちらか片方だけの参拝でも問題ないわけです。
 これは上賀茂、下鴨両神社が昔から一体として考えられていたのに対して、伊勢神宮は内宮と外宮がはっきりと区分され由緒や歴史、性格などが互いに異なることなどが理由として考えられています。


鎮座している場所


 共に御手洗川川沿いに鎮座しており二社は距離にして4kmほど離れています。


何故文字が異なるの?


 上賀茂、下鴨両神社は「かも」にあたる部分の漢字が異なります。これは何故なのでしょうか?いったん整理して考えてみるとそもそも上賀茂、下鴨の名称自体が通称であり正式名称は『賀茂別雷神社』、『賀茂御祖神社』となりどちらも「賀茂」という漢字があてはまります。賀茂神社は賀茂一族の氏神ですが賀茂氏は加茂、鴨、加毛と様々な当て字があり全国にある1000以上の賀茂神社もそれぞれ文字がことなります。一般的には上賀茂、下鴨両神社をあわせて「賀茂社」と呼んでいたのですが、時の流れとともに上、下と分けて呼ばれるようになり、その過程でそれぞれ異なる漢字が付いたのではないかというのが通説となっています。


葵祭


 葵祭は上賀茂・下鴨両神社の例祭で「路頭の儀」とよばれる平安絵巻行列が京都御所から下鴨神社を経由し上賀茂神社へと約5時間ほどかけて進んでゆきます。この葵祭の由来を紐解くと上賀茂神社の主祭神である賀茂別雷大神が神託を受け祭りを行ったことが始まりとされています。