石切神社 「ご利益とお守り」





石切神社 お百度 病気治癒のご利益があるといわれる石切さんこと石切神社には連日多くの方が祈願に訪れます。石切さんの祈願方法はお百度参りに特徴があり、本殿前でお参りして入口に戻り再び本殿前でお参りすることを百回繰り返す「お百度」を踏むことにより成就するといわれ、本殿前では多くの方がお百度を踏みその人の流れはまるで渦巻く川の流れを彷彿とさせるものです。
 なお病気で本人が参拝できない場合は代わって家族や友人がお百度を踏むのも可能で、祈願成就を願った後、お守りを授与しそのお守りを病気の本人に手渡すのです。


ご利益


石切神社 劔箭(つるぎや) 石切さまは「でんぼ(腫れ物)の神様」といわれ、おできやニキビはもちろん悪性腫瘍(つまりガン)といった人間に害をなす腫れ物を御神体でもある劔箭(つるぎや)で断ち切ってくれる、ひいては病気治癒のご利益があるといわれています。ご利益が「健康」とは異なり、すでに病となった方の「病気治癒」であることが大きな特徴となっています。
 石切神社でお百度を踏んでいる人の多くは本人もしくは大切な人が腫物を患っている場合が多く、皆心を込めて一心のお参りしています。






お百度参り


石切神社 百度石 一般的な「お百度参り」というのは神社の入り口の鳥居かお百度石と呼ばれる石碑から本殿(もしくは拝殿)までを深夜に素足で百回往復し願をかけると言うものですが、ここ石切神社では皆昼間に参拝していますし(24時間参拝可能なので深夜に歩かれる方もいます)下履きも履いたままです。石切神社の説明では「お百度参りは一度のお参りでは願いが神様に通じないかもしれない為、確実にお聞き届けいただくために二度三度繰り返すもので、お百度の回数は百回でなくとも、自分で決めた回数でもよく、大切なのは神様に願いが届くよう一心にお参りすること」とあり、必ずしも百往復する必要はなく心を込めてお参りすることが肝要なのだそうです。なお石切神社では授与所に100本の「お百度紐」が用意されており、その紐を持ちながら願いを唱えて百度石と呼ばれる石碑を一周し、一回ごとに紐を折りそれを百回繰り返します。こうすることにより数え間違いをなくすわけです。お百度参りで使った紐は最後に本殿左にある銀色の箱に納めます。


お守り


石切神社 なで守り 祈願者が本人であろうが代理の者であろうが参拝したからには授与しておきたいお守り。石切神社では一般的なお守りの他に、なで守りと呼ばれる紙でできた特別なお守りを授与することができます。なで守りは、夏季大祭の大幣の紙垂とそこにくくりつけられた布袋の中に入っている御米と紙片で作られており、ただ身につけているだけではご利益を受けることはできません。

 まず紙袋の中に入っている御守で「石切大神」と何回もとなえながら御守で患部を撫でます。
 同じく中に入っている御米は毎朝一粒ずつその日初めてお飲みになるお水で頂いきます。
 これを毎日行いそして一週間経ちましたら、都合の良い日にご参拝の上、納札所へお納めます。

※遠方から来られ再び訪れ納札が難しい場合、お住まいの近所の鎮守様や氏神様へ納めてもよいそうです。

 石切神社のご利益が「腫瘍(ガン)をはじめとした病気治癒」ですので、闘病の為、本人が参拝することはできず、家族や友人、親戚といった方が大切な方の治癒を願って訪れる場合も多いそうです、この場合多くの方が「お百度参り」をした後、お守りを授与し大切な方へ届けるのだそうです。


主祭神


祭神 邇藝速日命(にぎはやひめのみのみこと)、可美真手命(うましまでのみこと)

 邇藝速日命は古代日本における有力豪族「物部氏」の祖神。日本神話においては最高神「天照大神」の孫にあたり、弟で天皇家の祖先にあたる邇邇芸命(ににぎのみこと)の天孫降臨とは別に大和の地に降り立ち、従前よりこの地を支配していた長髄彦(ながすねひこ)に協力し国造りを行ったとされています。そして長髄彦(ながすねひこ)の娘との間に可美真手命をもうけ天寿を全うします。
 やがて邇邇芸命(ににぎのみこと)の子孫である神武天皇の東征が始まると可美真手命は共に天照大神を祖先にもつ神武天皇に協力し、以後子孫は物部氏として大和朝廷の設立・運営に貢献していくのです。
 なお物部氏は代々朝廷の祭事を司る要職につきますが、やがて海外から伝わった仏教を取り入れようとする蘇我氏と対立し、物部戦争とよばれる争いに敗れ歴史の表舞台から没落してゆきます。その後権力を握った蘇我氏も乙巳の変により滅ぼされ、有力豪族が没落した日本は後の大化の改新を経て天皇を中心とした中央集権化が進み奈良・平安の繁栄を築いてゆくのです。