境内の光景



 仏教が国際的インテリジェンスであった6世紀。日本は神道を中心とした国の運営を行っていました。しかし朝鮮半島や大陸の国々と交流を深めていく上で外交上仏教の導入は不可避であり、仏教を広めようとする蘇我氏と反対派の物部氏(物部氏は王権の祭司係で新しい宗教は受け入れがたかった)は対立を深めていきます。そして587年、蘇我氏と物部氏は河内(現在の大阪府南西部)で武力衝突します。これが世に言う「丁未の乱(ていびのらん)」(物部戦争)です。この戦争で若干14才の聖徳太子も蘇我氏側の人間として参戦し、その時に四天王の木像を彫り「戦いに勝利したなら四天王寺を建立する」と誓いをたてたのが創建の由来で、その後戦いに勝利した聖徳太子は誓いとおり四天王寺を建立したのです。

四天王寺


四天王寺 大阪天王寺区にある四天王寺。聖徳太子が創建したと伝えられ、「日本仏教の最初の寺」として、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場をとっている。

西大門


四天王寺 西大門  四天王の西大門。その名の通り境内西側にある門で、西大門をくぐったすぐ先には中心伽藍が配置されています。毎月21日(お大師さん)と22日(お太子さん)の縁日には西大門を中心に多くの市が立ち並び買い物客や参拝客で賑わう。



石鳥居


四天王寺門前 石鳥居 四天王寺西の玄関口にある石鳥居。奥に見えるのが西大門。石鳥居に掲げられている扁額には「おシャカさまが説法を説く所であり、ここが極楽の東門の中心である」という意味の文字が刻まれています。神道の鳥居と仏教のお釈迦様の組み合わせはよく考えてみると少々不思議に感じます。

境内の光景


四天王寺境内の光景  四天王寺境内の光景。西大門付近の光景ですが、中心伽藍に向かって線香があげられるようになっています。なおこの先境内にはいっていくと火事防止の為、線香をあげる場所は限られてきます。