南禅寺 水路閣



 日本最大の水瓶琵琶湖から京都に水を引く。これは昔から幾度となく計画された大事業で、古くは豊臣秀吉も計画しましたが、あまりの難事業に実現には至りませんでした。この事業を着手したのが明治14年に京都府知事に就任した北垣国道知事と卒業論文で琵琶湖疎水事業の可能性を立証した若干23才の土木技師田辺朔朗技師です。
 事業はほとんど手作業で行われ、第一期工事だけで5年以上の歳月と国の土木予算総額を上回る費用を要したといわれています。また当時の京都の景観を損なうとの理由で色々反対意見もでたそうですが(かの福沢諭吉も痛烈に批判しています)、これらの困難を乗り越え明治23年(1890年)に完成しました。
 琵琶湖疎水は水運、発電、灌漑、防火、工業用水、飲料水と多岐にわたって利用され、明治維新による京都奠都により活力を失いつつあった京都を近代化へと導き産業発展に貢献しました。
 琵琶湖疎水の水路閣自体は南禅寺とは別の構造物ですが、南禅寺境内に隣接しており、南禅寺参拝の際には外す事のできない観光スポットとなっています。
 なお琵琶湖疎水は現在も飲料水として利用され、水路は京都の代表的な風景のひとつとなっています。また近年は遊覧船を浮かべ新しい観光資源にしようとする試みも計画されています。


水路閣


南禅寺 水路閣 南禅寺の水路閣。南禅寺の境内を通るレンガ造りの水路で明治21年(1888年)に建設された。全長は93mで古代ローマの水道橋を参考に造られた美しいアーチを描く橋は京都を代表する光景のひとつとなっている。





新緑の光景


新緑の水路閣 水路閣新緑の光景。水路閣は南禅寺前を通り、琵琶湖から引き込んだ水を京都まで現在も運んでいる。アーチ状に積み上げられたレンガ造りの光景は京都を代表する光景のひとつで、ドラマのロケ地としてよく利用されることでも有名。

紅葉の光景


紅葉の水路閣 水路閣紅葉の時期の光景。南禅寺の紅葉とレンガ造りの橋の光景が見事に調和し美しい光景を見せてくれる。京都でもっとも有名な紅葉スポットのひとつでもある。

真冬の光景


冬の水路閣 南禅寺の水路閣。真冬の時期の光景。ふと水路閣の水は凍らないのか疑問に思いましたが毎秒2トンもの水が流れており凍結することは無いのだそうです。この水路閣の水は現在も京都の上水道として活躍しています。

水路閣内部


水路閣の内部 南禅寺の水路閣を下から見た光景。ローマ時代の回廊のようにも見え、人気の撮影スポットとなっています。なお水は水路閣の上部、写真では天井部分に造られた水路を流れており、近くには水路閣記念館もある。

琵琶湖疎水


琵琶湖疎水 水路閣の水路。琵琶湖疎水ともよばれ勢いよく流れている。写真は水路閣から数十bほど上流に行った所の光景です。この水路が写真撮影している観光客の皆さんの頭上にあり水が流れているわけです。なお京都の川はみな北から南に向かって流れていますが、水路閣の水は構造上逆の南から北に向かって流れています。