有馬温泉 観光案内 「温泉街の光景」



 日本書紀にも登場する古湯 有馬温泉。言い伝えによれば温泉を最初に発見したのは、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱とされており、神代の時代までさかのぼる古湯です。正式な記録でも631年に舒明天皇が入浴を楽しんだことが記されているほか、古の和泉式部や小野小町も訪れており、まさに日本最古の温泉の名称は伊達ではありません。

※大已貴命は大黒様で有名な大国主命のことで出雲神話では少彦名命と共に国造りを行い日本の国土の基を築いたといわれています。

※舒明天皇は飛鳥時代の人物で大化の改新で活躍した中大兄皇子(後の天智天皇)や天武天皇の父に当たる人物です。


太閤像


有馬温泉 太閤像 有馬温泉の太閤像。太閤殿下こと豊臣秀吉は有馬温泉をこよなく愛したことで有名ですが、当時戦火や火災で壊滅的な状態だった有馬の地を支援し今の有馬温泉の元を築いた人物でもあります。







太閤橋


有馬温泉の太閤橋 有馬温泉の太閤橋。秀吉は疲弊していた温泉街の改修を行い復活させたいわば有馬温泉の恩人。この為街のいたるところで「太閤」がついた地名が残されています。


ねね橋


有馬温泉 ねね橋  天下人豊臣秀吉が唯一頭の上がらなかった人物でもある正室の「ねね」。秀吉は有馬温泉を訪れる際には何度かねねも連れてきています。ちなみにこのねね像は太閤像と見つめ合う形で鎮座している。


温泉坂


有馬温泉 温泉坂 温泉坂は有馬温泉昔の中心部で、狭い路地にお土産店やお食事処が軒を連ねている。名物の「松茸昆布」は主にこの界隈で買うことができます。なお宿泊し、酔った後などによく利用するラーメンや軽食などの店は有馬川沿いに多く見られます。


有名人御用達の名湯


 有馬温泉は位置的に京と播磨を結ぶ街道筋にあたり、前述したように日本最古の湯のひとつであるこから歴史も古く、古来より多くの人々が体を癒してきました。有馬温泉を愛した人物でもっとも有名なのが豊臣秀吉で中国地方を攻略する際に度々有馬温泉に立ち寄り最後は自分専用の湯治館を建てています。この館は取り壊され寺となったのですが、阪神淡路大震災でこの寺を解体・修復したところ蒸し風呂や岩風呂など数多くの遺構が発見され現在は「太閤の湯殿館」で展示されています。
 またNHK大河ドラマで脚光を浴びた「黒田官兵衛」は1年間土牢に閉じこめられた体を有馬温泉で癒しています。官兵衛はこの有馬温泉がよほど気に入ったのか九州大分の大名になってからも訪れ、「昨日までの7日間で11回湯に入り調子が良くなってきたので国元からの見舞いは不要」といった内容の手紙を残しています。