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天台寺 旅行記「瀬戸内寂聴」


 天台寺を訪れる人は観光客やお参りする人、法話を聞きに来る人等様々ですが、現在のように多数の人が訪れるようになったのは、天台寺が東北でも有数の古刹であるのと同時に瀬戸内寂聴元住職をはじめとした歴代住職の努力と功績が大きいとされています。
 明治以降の天台寺における荒廃ぶりは目に余る物があり、廃仏毀釈により平安時代から伝わる寺の多くの物が失われたうえに、良質の杉林に目をつけた森林業者によって境内の杉の巨木が無断で数多く伐採され衰退の一途をたどってました。しかし昭和40年代になると寺の復興活動が盛んになり、マスコミでも大きく取り上げられるようになります。また昭和50年代からは歴代住職達も寺の復興に尽力し、瀬戸内寂聴の頃には岩手を代表する観光寺院のひとつとなるまでになるのです。
 瀬戸内寂聴師が自ら屋根に登り修復した本堂などは、現在行われている大改修でどうなるか分かりませんが、違法伐採された巨杉の供養の為に彫られたたくさんの石仏やアジサイは境内や参道の至る所で見ることができ、瀬戸内寂聴師の努力の跡をうかがい知ることができます。
 
天台寺の旅
瀬戸内寂聴師

法話を行う瀬戸内寂聴師。かなりの高齢となったが年4回、天台寺で法話が行われる。特に春と秋の例祭の日の法話は多くの人で境内がいっぱいになる(現在は瀬戸内寂聴師が高齢となり岩手県での法話が困難な事から天台寺での法話は行われてません)。
瀬戸内寂聴師の法話
石仏

天台寺の観音堂近くにある石像。周りには戦後伐採された巨杉の供養のために彫られた小さな石像(豆地蔵)がたくさん建ち並んでいる。この豆地蔵は天台寺境内の至る所で見ることができる。

八葉山 天台寺の石仏
観音塚

天台寺の観音塚。桂樹の根に入り込んだ石は仏が極楽浄土より人間界に投げ降ろされた霊石であり、この石を尋ねて観音様がこの山に現れたと伝えられている。

天台寺の観音塚
鐘楼

天台寺の鐘楼。釈迦堂跡に建てられている。痛みが激しい天台寺の建物の中で、つりがねそのものは比較的新しいもののように見えた。なおこの奥にトイレがあるが、水洗で清潔感あふれるトイレだった。
天台寺 つりがね
瀬戸内寂聴師とは
 瀬戸内寂聴師は天台宗尼僧であり小説家。大正11年(1922年)に徳島県で生まれ、21才に見合い結婚し長女を設けるが、その後夫の教え子と恋に落ち家庭を捨て京都で生活。この恋はほどなく破局を迎える。その後働きながら小説家として執筆活動を続けるが作風が官能的で批判も多かった。1973年に中尊寺で得度し1987年に天台寺の住職となる。もともと小説家から尼僧になったことで知名度も高く、人生経験豊かな瀬戸内寂聴師の法話は聞く者の心にストレートに響き、天台寺を一躍観光寺院にのし上げる。現在は尼僧として日本全国で法話を開いているほか、小説家として執筆活動も行っている。また原子力発電反対運動や戦争、テロ活動撲滅運動といった活動にも参加している。
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