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伝承園 遠野市の伝承園。築200年以上の南部曲り家を移築・復元し遠野地方の生活様式を再現している。遠野の文化が凝縮されたような施設でお食事処で提供しているひっつみ汁の味は絶品。 |
南部語り部の部屋 遠野市の伝承園にある語り部の部屋。座布団が敷かれた南部曲屋内にある部屋で、語り部達が遠野に伝わる民話を観光客達に伝えてくれる。ゆっくりと耳を傾けて聞いてほしい。なお伝承園にはもう一つ囲炉裏を囲んで語り部達の民話を聞くことができる小さい部屋もある。 |
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オシラサマ(御蚕天堂) 遠野市の伝承園の中にある御蚕天堂。オシラサマを祀ってある。1000体以上ものオシラサマは神秘的で圧巻。遠野市に観光に来た祭には是非とも訪れてほしい場所。 |
オシラサマ オシラサマの御神体。軸となる木の棒には娘と馬の顔が彫られ2体で一対となっている。毎年旧暦の1月16日に御神体を箱から取り出し花模様の衣をかぶせていく。かぶせている衣も下の方(古い時代にかぶせてた衣)は木綿だが上の方(近年にかぶせた衣)はレーヨンと変化してきている。 |
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生糸を紡ぐ道具 遠野市の伝承園の中にある生糸を紡ぐ道具。脇には蚕の繭をお湯に浸したボールが置かれている。その昔遠野市では生糸の生産が盛んだった。オシラサマは蚕の神様とも言われている。 |
陰干しされる蚕の繭 遠野市の伝承園の廊下にぶら下げてあった蚕の繭。生糸は寒冷な気候の東北地方では重要な産業のひとつだった。蚕の繭は煮沸・陰干しの工程をへて生糸になり、その工程は遠野市伝承園で見ることができる。 |
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オシラサマ おしら様(おしらさま、お白様、オシラ様、オシラサマとも)は、日本の東北地方で信仰されている家の神。一般的には家の守り神であるとともに蚕の神様と考えられていますが、「獣の肉を食うな」などと精進を強いる事もあり、面倒くさくなった家の者が急流の川に投げ捨てても川の流れに逆らって戻ってくる等、同じように旧家に住み着き自由奔放で勝手に家を出て行く「座敷童」とは真逆の性格に伝えられています。 なお遠野では150体ほどのオシラサマが確認されていますが、どの家もいつの時代からどのような理由でこの神様があるのか由来を知る家は一軒もないのだそうです。 また遠野物語ではオシラサマ伝説として以下のように伝えられています。 昔あるところに貧しい百姓がおり、妻はいないが美しい娘と馬を1頭飼っていました。娘は家の馬に恋をし夜な夜な厩に行きついに馬と夫婦になりました。ある夜父はこのことを知り、その次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺してしまいました。その夜娘はこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死んだ馬の首にすがり泣き、これを見た父は斧で後ろより馬の切り落としてしまいます。するとたちまち娘はその首に乗ったまま天に昇りオシラサマという神になりました。 |
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