恐山 旅行記 「イタコ」



 恐山といえばまず思い浮かべるのが死者の口寄せをする「イタコ」です。この恐山とイタコの関係は切っても切れない関係のように思いがちですが、実はイタコの皆さんは普段津軽や南部地方を中心に口寄せを行っており、昭和の初めの頃から恐山の大祭の時期に姿を見せ口寄せを行うようになったのだそうです。つまり恐山とイタコは直接関係は無く、恐山が場所を提供しているだけの関係なのです。なおイタコの口寄せ料。つまり料金は特に決まってはいないのですが、1回1人口寄せするのに3,000円が相場となっています。
 またイタコの口寄せは恐山例大祭期間中に行われるのが一般的ですが、現在は例大祭の日以外でも口寄せを行ってくれる事もあるようです(ちなみに筆者は例大祭以外の日にイタコの皆さんの姿を見たことはありません)。


時期は? 予約は可能?


 基本的にイタコの方々が恐山にやってくるのは夏と秋の大祭、つまり大祭典(毎年7月20日〜24日)と秋祭典(毎年10月第2週の三連休)の期間中です。それ以外の日は各々自分たちが生活している場で口寄せを行っているので恐山で口寄せをしてもらうことはできません(例外的に大祭以外の日も恐山にいることがあるらしいのですが、筆者は未確認です)。

 予約は恐山の口寄せでは受け付けてなくイタコの口寄せは場合は訪れた順に行われていきます。イタコの口寄せは1人で何人でも口寄せしてもらうことが可能な為で、場合によっては1人で1時間以上時間を要する場合もあります。おまけに近年はイタコの方も人数が少なくなり丸1日順番待ちしても順番が回ってこないこともあります。どうしてもイタコの口寄せをしてもらいたいという方は恐山の宿坊に泊まり早朝から並ぶようにしましょう。恐山の開門時間は6時ですが、6時に入山してもすでに宿坊に泊まった方が数多く並んでおり、口寄せをしてもらったのは夕方だったということもあります。

※口寄せは恐山のみで行われているわけではないので、普段の日に直接イタコの方の活動場所に訪れ口寄せを行ってもらうこともできます。この場合は事前に予約しておくのが基本です。




イタコの口寄せを待つ人々

恐山のイタコ 恐山で行われているイタコの口寄せを待つ方々。口寄せは恐山の玄関である総門をくぐってすぐ左側のところで行われています。昔訪れたときはちゃんとした建物の中で行っていたような記憶があるのですが、現在は野外で行われています。自分に順番が巡ってくるまで丸1日ほどかかる場合もあるので順番待ちをする時は日傘やタオル、飲料水などを持参しておいた方が無難です。
恐山のイタコ  こちらも同じくイタコの口寄せを順番待ちする人々。イタコがいるテントの隣ではアイスクリームの屋台があり、順番待ちをしている人達が暑さをしのぐためアイスクリームを購入しています。



イタコの口寄せ


イタコの口寄せ  イタコの口寄せはこの青いテントの中で行われており、イタコと遺族が向き合うような形で座り口寄せが行われます。イタコの口調は訛りが強く早口の場合が多いので都会から来た人には少々聞き取りにくい。
イタコの口寄せを待つ人々  テントの中の光景。口寄せに訪れる人は老若男女様々で、待っている人の顔もにこやかな笑顔の人もいれば悲しみに沈んでいるような人も見える。



五智如来展望所から見た恐山


五智如来展望所から見た恐山 恐山菩提寺境内南西部にある五智如来が安置されている高台から眺めた光景。中央に見える人だかりはイタコの口寄せを待つ人の列。また地蔵院(本堂)は見えないが左手のずっと奥に行った所にあります。


イタコとは


 イタコとはあの世に旅立った亡き人と残された人とをこの世で巡り合わせ、お互いの思いを伝えあうお手伝いをする人達のこと。昔はなにか悩み事や病気をイタコに相談しにいくのはごく当たり前で日常的なことだったそうです。イタコは明治時代には青森県内に400人ほどいたと言われていますが、現在は人数も少なくなり、最年少のイタコの方は40代と後継者不足に直面しているのが現状です。
 なおイタコの起源とみられる神託を受ける巫女の様子は「万葉集」にも描かれており、昔から日本全国に存在していたと推測されますが、青森県の場合は少々ニュアンスが異なり、眼病を患い盲目となり嫁にも行けなくなった女子を救済する為、弘前市の天台宗のお寺である報恩寺が厳しい修行の上に自由に口寄せができるようになった女性をイタコとして公認したのが始まりのようです。つまりイタコ発祥の地は恐山ではなく津軽地方で、イタコの口寄せも津軽地方最大の霊場とされる五所川原市金木地区にある「川倉賽の河原」の方が古く、大祭の時はイタコの方も多く集まるのだそうです。