蔦温泉



 蔦温泉は八戸方面から八甲田に向かう玄関口にある温泉宿。その歴史は古く平安時代後期(1147年)の文献にはすでに湯治小屋があったことが記されており、中世以降は八戸市と青森市を結ぶ最短ルート上にあったので多くの人が立ち寄り旅の疲れを癒したと伝えられています。温泉は無色透明で湯船の底からコンコンと湧く源泉の温度は高めで(底から湧く源泉は47.3度)なにも知らずそのまま湯に浸かると熱さで思わず呼吸が止まってしまうほど。

地図で場所を確認する青森県十和田市奥瀬蔦野湯1

公式HPを見てみるhttp://tsutaonsen.com/


蔦温泉の泉質


蔦温泉 久安の湯 蔦温泉の久安の湯。昔からある温泉で時間帯によって男女の入浴時間を分けています。温泉は浴槽の底から湧いており浴槽からあふれ出している温泉が湯量の豊富さを物語っています。なお蔦温泉には別途最近設けられた泉響の湯という大浴場もあります(泉質は同じ)。


泉質

ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩-塩化物泉

効能

神経痛、リューマチ、機能障害





アクセス


 八甲田南東部の玄関口にある蔦温泉。国道103号線沿いにあり比較的分かりやすい場所にあるのですが、本項ではバス及び車それぞれのアクセスについてご説明していきます。
 なお宿泊者に対しては無料送迎のサービスも行っていますのでご利用を検討されている方は事前に(最低でも宿泊日の3日前)予約・問い合わせしてみて下さい。

バス

 蔦温泉にはバス停があり青森駅及び新青森駅と十和田湖を結ぶJRバスが停車します。また八戸駅からバスでアクセスする場合は「十和田湖温泉郷」以後のバス停で一度下車し、十和田湖〜青森の青森行きのバスに乗り換えなければなりません。これらのバス路線については別途「十和田湖・奥入瀬渓流のバス」のページを参照。

 位置的には八甲田というよりは奥入瀬渓流の焼山に近く、車での所要時間は八戸市中心部から約1時間15分、青森市中心部からは約1時間ほど。これら蔦温泉へのアクセスについては別途「八甲田の観光・アクセス」のページも参考にしてみて下さい。


日帰り入浴


入浴料
 大人800円/小人500円(小学生) ※ハンドタオル 250円 ・バスタオル(貸出し)500円

営業時間
一般入浴 10時〜16時(15時30分受付終了) ※混み具合によっては繰上げて終了する事も有り。

朝風呂 7:00 〜 9:00(8:30受付終了) 〈朝風呂営業期〉5/10〜7月、9月、11月


蔦温泉周辺の光景


蔦温泉の紅葉 蔦温泉の全景。蔦温泉は温泉宿ですが裏手には景勝地として有名な蔦七沼がある他、敷地内には広大な駐車場の他ビジターセンターやお土産店もあり八甲田観光の途中に立ち寄る方も多くみられます。

モリアオガエルの卵

蔦七沼 モリアオガエルの卵 蔦温泉のすぐ裏手にある瓢箪沼はモリアオガエルの産卵場所としても有名で6月の中旬頃にはたくさんの卵塊を見ることができます。なおモリアオガエルはよほど瓢箪沼がお気に入りなのか、周辺に多数ある湖沼群では卵塊を確認することはできませんでした。
蔦温泉 モリアオガエルの卵 モリアオガエルの卵と瓢箪沼の光景。木に付いている白いもの全てがモリアオガエルの卵塊で、卵塊の重さで木の枝がしなっています。これらの卵塊はソフトボールほどの大きさで表面は粘着質となっており、軽くなら触れても形が崩れることはありません。

冬の光景

冬の蔦温泉 蔦温泉冬の光景。蔦温泉は前述してあるとおり八甲田経由で八戸方面から青森市方面に向かう道の玄関口にあり、周辺道路は冬でも閉鎖されません。この為、冬場はスキー客や湯治客で賑わいます。


蔦温泉の紅葉

紅葉の蔦温泉 紅葉の時期の蔦温泉の光景。温泉宿の前には大きな池があり蔦温泉のシンボルとなっています。御覧の通り周囲の木々はうっすらと紅葉し始めていますが、この時期八甲田山頂ではすでに雪が積もっていました。



お酒と青森をこよなく愛した鉄脚の旅人「大町桂月」


 現在観光立国を標榜している青森県ですが、この青森県を世に知らしめたのが大正時代の紀行家「大町桂月」です。大町桂月は1867年(明治2年)四国の高知県で旧土佐藩士の家に生まれました。帝国大学卒業後は出版関係の仕事に就き、明治41年に初めて青森県を訪れこの時は十和田湖を東側から訪問し世に紹介しています。その後「日本山水紀行」という紀行文の執筆に取りかかり日本全国の秘境を渡り歩きます。そして全国の秘境を自分の足で歩き見てまわった大町桂月がもっとも気に入り終の棲家としたのが「蔦温泉」なのです。
 大町桂月は蔦温泉に移り住むまでに青森県には10回ほど訪れ、その度に中央の文壇で青森県を紹介しています。いわば現代のルポライターもしくは観光大使のような役割を果たしていたわけです。

 この大町桂月。性格的には結構こだわりが強い方だったようで、出版関係の仕事をしている時は与謝野晶子や幸徳秋水らを激しく非難しており、国家主義思想の持ち主だったようです。またお酒をこよなく愛しアルコール中毒で2回ほど入院し、お酒の乱れで仕事を辞めた事もあります。十和田湖では度々舟を出し中山半島の先端にある岩場で酒を飲んだ記録も残っていますし、蔦温泉では「沼に舟うけ 姫鱒釣って 風呂で 月見る 山の中」と歌を残しています。なお胃潰瘍で亡くなる数時間前まで酒を口にしており(注:この時は大町桂月自身や蔦温泉の人間も臨終の時が近いと悟っていたので、ある意味末期の水のような意味合いで飲んだのかもしれません)、大町桂月の人生は文字通り青森とお酒を抜きにしては語れないのです。